我々はこれまでに、腸管上皮細胞に特異的に発現しているホメオボックス転写因子CDX2が、大腸癌の癌細胞性に関わる遺伝子の発現を抑制することにより、大腸癌の癌細胞性を抑制することを見出した。本年度の解析から、その機序として、CDX2は癌幹細胞性維持に関わる遺伝子の転写伸長の初期過程(Promoter proximal pausing: PPP)を制御することで、大腸癌の癌幹細胞性を抑制することが分かった。 その分子機構を解析するために、ChIP-seq解析から見出した、CDX2が結合しているLGR5遺伝子のプロモーター領域とイントロン領域を組み合わせた、LGR5ルシフェラーゼレポーターを作成した。LGR5ルシフェラーゼレポーターは、安定化型β-cateninにより正に制御されることを確認した。重要なことに、PPPの中心となるPAF1複合体が、LGR5レポーターの活性を上昇させることが分かった。一方で、CDX2により、PAF1複合体によるLGR5レポーターの活性上昇が抑制されることが分かった。さらにその分子機構として、CDX2がPAF1複合体と直接的に結合することや、PAF1の機能を直接的に抑制することなどを明らかにした。 そこで次に、PAF1遺伝子に対するmiRNAをテトラサイクリン依存性に発現誘導できる自作のシステムを構築した。PAF1遺伝子に対するmiRNAの発現を誘導すると、PAF1遺伝子の発現が2割程度以下に減少し、PAF1機能の指標であるヒストンH2Bのユビキチン化が抑制されることを確認した。さらに、PAF1遺伝子の発現を抑制すると、大腸癌の癌細胞性に関わる遺伝子群の発現が顕著に減少することが分かった。また、大腸癌細胞の分化マーカーの発現が上昇することも分かった。これらの解析から、CDX2がPAF1複合体の制御を介して大腸癌の癌細胞性を抑制していることが示された。
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