本研究では、亜鉛欠乏下におけるラット胎児線維芽細胞株であるRat-1細胞での活性型変異体Hras(HrasG12V)の誘導発現が引き起こす細胞死の解析を通じて、亜鉛要求性のタンパク質恒常性維持機構を明らかにすることを目的とした。まず、亜鉛欠乏による細胞死が、ストレスMAPキナーゼ(JNKとp38MAPK)の活性化とカスパーゼ3活性化を伴っていることを確認した。さらに、これらのストレス応答には、Rasの下流分子であるERKが要求されることを明らかにした。次に、亜鉛とHrasG12V発現により影響を受ける遺伝子群を同定し、それらのオントロジー解析を行った。HrasG12V発現で上方制御される遺伝子群には、亜鉛の添加の有無に関わらず、小胞体(ER)ストレスで上方制御されるものが多く含まれていた。しかし、ERストレス応答の一つである転写因子ATF6の亜鉛添加依存的な活性化を示すデータは、当初の期待に反して得られなかった。別の主要ERストレス応答経路の解析から、亜鉛欠乏下でのHrasG12Vの発現では、ATF6経路やPERK経路ではなく、IRE1経路がストレスMAPキナーゼの活性化に関与することが示唆された。また、トランスクリプトームデータの再解析などから、Rat-1細胞では、HrasG12V発現が亜鉛結合タンパク質をERK依存的に大量に発現誘導させることがわかってきた。このことは、Ras/ERK経路の恒常的活性化による亜鉛結合タンパク質の大量産生が、細胞の亜鉛とタンパク質の恒常性の攪乱と、亜鉛欠乏に対する細胞の脆弱性につながる可能性を示唆している。
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