研究課題/領域番号 |
18K06961
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
鵜木 元香 九州大学, 生体防御医学研究所, 助教 (30525374)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | DNA修復 / エピジェネティクス / 非相同末端結合 / NHEJ / クロマチンリモデリング / 染色体不安定性 / DNAメチル化 / ICF症候群 |
研究実績の概要 |
ICF症候群は免疫不全(Immunodeficiency)、動原体領域の不安定化(Centromeric instability)、 顔貌異常(Facial anomalies)を主徴とする常染色体潜性遺伝病であり、患者の活性化白血球細胞では、染色体の動原体近傍のヘテロクロマチン領域が伸長して融合した異常な染色体が現れる。この症候群の原因遺伝子としてこれまでにDNMT3BとZBTB24が報告されていたが、私達は2015年にCDCA7とHELLSを新たな原因遺伝子として同定した(Thijssen et al., Nat Commun, 2015)。その後、CDCA7とHELLSは蛋白質複合体を形成し、in vitroでクロマチンリモデリング活性を持つ事が報告されたが、in vivoでの機能は未知であったため、CDCA7の相互作用蛋白質を網羅的に探索した。その結果、CDCA7はHELLSや非相同末端結合(NHEJ)型DNA修復に必要不可欠なKu80やDNA-PKと相互作用する事を見出した。ゲノム編集技術で作成したCDCA7やHELLSの欠損HEK293細胞はDNA損傷の異常蓄積、染色体分配異常、アポトーシス細胞の増加などの表現型を呈した。その他の原因遺伝子のDNMT3BおよびZBTB24欠損細胞もほぼ同じ表現型を呈した。CDCA7やHELLSをノックダウンするとNHEJ活性が低下する事、CDCA7やHELLS の欠損細胞ではKu80のDNA損傷部位への集積が顕著に減弱した事から、CDCA7やHELLSはKu80のDNA損傷部位への集積を促進する事で、NHEJ型DNA修復に寄与している事がわかり、ここまでの成果を論文にまとめて発表した(Unoki et al., J Clin Invest, 2019)。この研究成果によって、長年の謎であったICF症候群に特徴的な染色体異常などの病態が起こる機構の一端を明らかにする事ができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本申請研究では1つ目の課題としてCDCA7とHELLSがDNA修復に果たす役割の解明をあげた。宇井彩子博士と河野隆志博士から供与して頂いたNHEJ活性を検出するためのGFPレポータープラスミドをゲノムに組み込んだHEK293細胞を作成し調べたところ、CDCA7およびHELLSをノックダウンすると、NHEJ活性が顕著に低下する事がわかった。次にGFP-Ku80恒常発現HEK293細胞(野生型及びCDCA7とHELLS欠損細胞)を作成し、共焦点顕微鏡下で405nmレーザーにてDNA損傷を与えたところ、野生型細胞ではGFP-Ku80がDNA損傷部位へ5秒以内に集積したのに対し、CDCA7およびHELLS欠損細胞では、この集積がほとんど起こらないか顕著に遅れる事がわかった。これらの結果から、CDCA7とHELLSはKu80のDNA損傷部位への集積を促進する事でNHEJに寄与する事がわかり、これらの結果をまとめて報告した(Unoki et al., J Clin Invest, 2019)。その後、GFP-CDCA7及びGFP-HELLS恒常発現HEK293細胞(野生型)を作成し、CDCA7とHELLSの局在を観察したところ、これらの蛋白質は核内に均一に局在する事がわかった。そしてこれらの細胞にDNA損傷を細胞に与えたところ、Ku80とは異なり、CDCA7やHELLSは損傷部位には集積しない事を見出した。この事は、ゲノム上に散在しているCDCA7やHELLSがDNA損傷が起こると直ちに、その部位のクロマチンリモデリングを行い、Ku80の損傷部位へのアクセスを助けている事を示唆している。CDCA7やHELLSに変異がある患者細胞では、反復配列から構成される動原体とその近傍のヘテロクロマチン領域に異常が現れるが、これはこのような反復配列からなる領域がDNA損傷の頻発領域である事に起因すると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
今後は2つ目の課題である「ICF症候群においてDNA低メチル化が起こる機構の解明」に取り組む所存である。本申請課題の採択後、CDCA7やHELLSに変異がある患者でメチル化が低下するゲノム領域(主として動原体とその近傍のヘテロクロマチン領域)は、細胞周期のS期後半でDNAが複製される領域である事が報告された。そのため、DNA複製時期によりDNAメチル化維持に関与する因子が異なり、後半で複製される領域にのみCDCA7とHELLSが必要である可能性がある。そこで、S期の前半と後半に複製されるゲノム領域を分けて、それぞれでDNAメチル化維持に関与する蛋白質を網羅的解析にて同定する事を計画している。具体的には、野生型およびICF原因遺伝子の欠損細胞株にEdUを一定時間取り込ませる事で新規に合成されたDNA鎖をEdUラベルし、DNAと蛋白質をホルムアルデヒドで架橋する。細胞膜を透過処理し、蛍光色素とビオチンがついたアジ化合物を取り込ませ、クリック反応にて蛍光色素とビオチンをEdUに付加する。蛍光色素を用いてフローサイトメトリーでS期にある細胞集団を分け、DNA染色も同時に行う事でS期前半および後半に相当する細胞集団を分取する。その後、超音波処理にてDNAを切断し、ストレプトアビジン-ビーズでビオチン-EdUを含む新規合成DNA鎖上に存在する蛋白質をpull downし、質量分析にてICF原因遺伝子欠損下で新規合成DNA鎖上に局在できなくなる蛋白質を網羅的に同定する。この実験により、CDCA7とHELLSがDNA複製後期に相互作用する蛋白質がわかり、その機能解析からDNA複製後期の維持メチル化機構の理解が深まると考えられる。この理解は、ICF症候群で認められる領域特異的に低メチル化が起こる機構の解明につながると期待される。
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