研究課題
膵癌は初期病変の段階で、KRAS遺伝子に変異が生じる。さらに上皮内病変から浸潤癌に進展する過程で、8pの欠失に伴いDUSP4の発現低下が生じる。DUSP4は、KRAS変異によって活性化されるMAPキナーゼを不活化する分子である。その発現が低下することにより、MAPキナーゼは恒常的に活性化され、癌細胞に浸潤能や生存能の増強をもたらす。したがって活性化されたMAPキナーゼは、膵癌の有望な治療標的と考えられる。しかしながら、これまで施行された臨床試験で膵癌患者に対するMAPキナーゼ阻害薬の有効性は示されていなかった。私は、生体での膵癌細胞に対するMAPキナーゼ阻害薬の効果を検証するために、ヒト膵癌細胞を同所移植した免疫不全マウスを用いて治療実験を施行した。治療群では投与開始直後から腫瘍は増殖が抑制されて2週目ごろには検出限界値以下まで縮小した。しかし、すぐに抗腫瘍効果は消失して、2週目以降は治療群と対照群の腫瘍はほぼ同様な増大傾向を示した。その結果、治療群の生存期間はわずかに延長したものの、最終的には両群のすべてのマウスが癌死に至った。以上の結果から、治療群ではMAPキナーゼ阻害薬耐性獲得に関わる分子機構が早期に発動されることが示唆された。本研究では、耐性獲得機序の解明と耐性克服のための治療法の開発を目的とする。昨年度は、ヒト膵癌細胞マウス移植・治療モデルから膵腫瘍を回収して、RNAを抽出し、網羅的発現解析を施行した。その結果、MAPキナーゼ阻害薬治療により発現変動する12遺伝子を抽出して耐性関連遺伝子候補とした。今年度は、耐性関連遺伝子候補の中からClusterin(CLU)に注目してその発現誘導パターンを調べ、治療抵抗性に関わる機能を解析した。
2: おおむね順調に進展している
当初の本年度の研究項目は以下の通りであった。1. ヒト膵癌細胞マウス移植・治療モデルから回収した膵腫瘍ブロックとCLU特異的抗体を用いて免疫組織化学を施行して、CLUの発現誘導をタンパクレベルで検証する。2. 培養シャーレのヒト膵癌細胞株(MIA PaCa-2)にMAPキナーゼ阻害薬(PD325901)を添加して経時的にRNAおよびタンパクを抽出する。mRNAレベルの検証は、リアルタイムPCR法で行う。タンパクレベルの検証はWestern blot法で行う。3. MIA PaCa-2に、CLUに対するsiRNAあるいはコントロールsiRNAを導入して、PD325901の効果を比較する。このうち1については、PD325901治療群の膵腫瘍で、CLUが発現誘導されていること、特に、治療により壊死に陥っている組織の周囲に強く発現されていることがわかった。2については、PD325901添加後、RNAレベルでは3時間でCLU発現が観察され、48時間まで漸増性に増加することがわかった。タンパクレベルでは24時間でピークに達し、少なくとも72時間まで発現が維持されることがわかった。3については、CLUの発現誘導をsiRNAで抑制すると、PD325901抵抗性は顕著に減弱した。CLUのsiRNA導入のみでは細胞増殖に影響はなかったことから、PD325901添加によって誘導されるCLUはPD325901抵抗性に関与することが明らかとなった。
1. CLUノックアウト(CLU-KO)細胞の樹立これまでMIA PaCa-2を用いて得られた知見をさらに検証するために、CLU-KO細胞を樹立してPD325901に対する抵抗性が減弱するかどうかを調べる。CLU siRNAによる一過性発現低下は細胞増殖能に影響しなかったので、CLU-KO細胞の樹立は困難ではないと予想する。2. 多種類の膵癌細胞株を用いた検証MIA PaCa-2を用いて得られた知見が他の細胞株でも再現できるのかを検討する。そのためヒト膵癌細胞株を多数樹立・保管している研究グループとの共同研究を開始する。3. ヒト膵癌組織におけるCLU発現動態および臨床病理学的意義の検討外科切除により保管されているヒト膵癌組織を用いて免疫組織化学を施行して、CLUの発現解析を行い、臨床病理学的因子との相関を調べる。この結果に基づいて、MAPキナーゼ阻害薬に加えて、CLUを標的とした治療を併用する新規治療法確立の可能性を検討する。
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J Pathol.
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10.1002/path.5394