研究課題
当該年度は以下の検討を行った。まず、71週齢の自然発症メタボリックシンドローム-NASH-肝細胞癌(HCC)モデルマウス(TSODマウス)を用いて肝腫瘍における代謝関連遺伝子の発現状況および胆汁酸のレベルを評価した。肝腫瘍では背景肝に比して、mRNAレベルおよびタンパク質レベルの両方で胆汁酸排出に係る分子である胆汁酸受容体FXRや胆汁酸排出ポンプBSEPが減少していたが、一次胆汁酸合成および胆汁酸抱合に関与するBAATおよびAkr1c14は増加しており、結果として肝腫瘍にコール酸やタウロコール酸が督責していた。この結果から、胆汁酸蓄積がNASHにおける肝障害、さらに肝腫瘍化に関与している可能性が示唆された(Hepatol Int.2018, 12(3):254-261)。次に、胆汁酸蓄積と肝細胞障害との関連性を検討するための評価系として、疎水性胆汁酸塩であるケノデオキシコール酸ナトリウム(CDCA)とBSEP阻害剤を投与する薬剤性肝障害誘発ラットモデルを確立した。本モデルでは胆汁酸の肝内蓄積が確認され、トランスアミナーゼの上昇を伴う肝細胞障害も惹起されたことから、胆汁酸蓄積と肝障害との関連性が証明された(Toxicol Sci. 2019, in press)。また、生体試料中の短鎖脂肪酸の定量化を目的に、2‐ピコリルアミン誘導体化超高速液体クロマトグラフィータンデム質量分析法を開発し(Anal Sci. 2018, 34(9):1031-36)、同法を用いて、TSODマウスに薬剤介入を行い、血漿中の短鎖脂肪酸を網羅的に解析した。その結果、カフェインやクロロゲン酸の投与によって腸内細菌叢の変化が生じ、血漿短鎖脂肪酸プロファイルが改善することで肝障害も軽快することを報告した(Sci Rep. 2018, 18(1): 16173)。
2: おおむね順調に進展している
本研究は非アルコール性脂肪性肝炎の発症・進展における胆汁酸、短鎖脂肪酸の役割の解明を目的としている。当該年度の研究では、胆汁酸と短鎖脂肪酸をそれぞれ別の実験系で解析した。まず胆汁酸については、NASHの肝腫瘍におけるコール酸、タウロコール酸の異常蓄積が明らかとなった。しかし、肝腫瘍でのこれら胆汁酸の蓄積が腫瘍化の「原因」なのか「結果」なのかは完成した腫瘍を用いた検討では解明できない。そこで、薬剤により胆汁酸の排出を障害するとともに、胆汁酸の過剰投与を加えた新たな解析モデルをラットを確立した。このモデルでは薬剤投与後に急速に肝臓に胆汁酸の過剰蓄積をきたすとともに、トランスアミナーゼの上昇を伴う肝障害が出現した。これらの結果から、胆汁酸の過剰蓄積により肝細胞障害が直接惹起されることが明らかとなった。今後は同モデルの長期観察を試み、胆汁酸蓄積が腫瘍発生のトリガーとなりうるかどうかを検討する予定である。次にNASHモデルマウスを用いて短鎖脂肪酸の解析を行った。マウス血清中の短鎖脂肪酸は非常に微量であるため、定量的な分析には再現性の高い高感度の定量法の確立が必要である。我々はまず、生体試料を用いた質量分析による新たな短鎖脂肪酸分析法を開発し、同法を応用してマウス血清中の短鎖脂肪酸を網羅的に解析した。NASH病態モデルでは肝障害を来し、短鎖脂肪酸量も減少していたが、薬剤の投与で腸内細菌叢を変化させることで短鎖脂肪酸は量が増加し、肝障害も軽快した。これらの結果から、短鎖脂肪酸の変化(量的な減少や種類の減少)は肝障害の誘引となりうることが推測された。以上より、一次胆汁酸の過剰や短鎖脂肪酸の減少が少なくともNASHの病態を増悪させているいることが明らかとなった。
一次胆汁酸の過剰や短鎖脂肪酸の減少がNASHの病態を悪化させていることが明らかとなったが、その作用機序については未だ不明である。胆汁酸や短鎖脂肪酸の変化がNASHの病態の主要な3徴(脂肪変性、炎症、線維化)や腫瘍化のどの病態と密接に関連しているのかを明らかにできれば、NASHの予防、治療法に新たな角度からのアプローチが可能になると期待される。そこで、従来の検討モデルであるTSODマウスを用いた炎症や腫瘍化の病態解析に加えて、新たに食餌誘導のNASHモデルを作成し、一次胆汁酸の投与により病態がどのように変化するのかを経時的に観察する。具体的には、高脂肪、高コレステロール食をベースとした飼料に、量を変化させたコール酸を投与し、NASHの病態を比較検討する。予備検討ではラットを用いて2%コール酸を添加した高脂肪、高コレステロール食投与によりNASH肝硬変モデルを作成することに成功した。コール酸非添加群ではNASHは生じたが線維化はほとんどなく、コール酸の添加がNASHの線維化に関連している可能性が推測されたが、同じ組成の飼料をマウスに投与すると、脂肪化も線維化も見られず、門脈域にリンパ球浸潤が生じ、自己免疫性肝炎に類似する組織像を呈した。胆嚢を有するマウスではラットと同様のコール酸量が肝毒性を発揮する可能性が推測されることから、2%コール酸より減量した実験系を設定し、胆汁酸添加飼料の誘導による新たなNASH-線維化-肝細胞癌モデルマウスを確立する。次に、これらモデルマウスの肝臓と血漿を病理学的、分析化学的に解析し、胆汁酸投与系における短鎖脂肪酸の変化と肝組織像との関連性を検討する。
すべて 2019 2018 その他
すべて 国際共同研究 (2件) 雑誌論文 (16件) (うち国際共著 2件、 査読あり 16件、 オープンアクセス 5件) 学会発表 (8件) (うち国際学会 1件、 招待講演 8件)
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