研究課題/領域番号 |
18K07083
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研究機関 | 群馬大学 |
研究代表者 |
嶋田 淳子 群馬大学, 大学院保健学研究科, 教授 (20211964)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | アポトーシス / オートファジー / Trypanosoma cruzi |
研究実績の概要 |
これまでにTrypanosoma cruzi 感染細胞では宿主アポトーシスおよびオートファジーが抑制することを明らかにしてきた。今年度は、原虫感染による宿主応答を転写レベルで解析した。ヒト由来培養細胞にT. cruziを感染させ、一定時間後に細胞からRNAを抽出し、RNA-Seq解析を行った。原虫感染により発現が変動した遺伝子を発現差解析により抽出し、パスウェイ解析ソフトを用いて解析した。遺伝子の発現変動の方向および大きさを考慮し、生体内の既知のパスウェイや生物学的機能の亢進・抑制状態を調べた。 T. cruzi感染1時間、3時間、24時間後にそれぞれ393、1638、1220遺伝子の発現がコントロールと比較して有意に変動していた。これらの遺伝子を対象としてパスウェイ解析を行ったところ、感染3時間では生体防御反応が亢進することがわかり、活発に免疫応答が行われていることが示唆された。一方で、T. cruzi感染24時間では宿主アポトーシスが有意に抑制されることが予測され、感染細胞は細胞死を誘導できない可能性が示唆された。さらに、感染24時間では細胞周期チェックポイントが阻害されることも予測され、T. cruzi感染で細胞分裂が阻害される可能性が示された。以上の結果から、宿主細胞は、T. cruzi感染に対して免疫応答しているが、一方でT. cruziが宿主側の遺伝子発現を制御している可能性が考えられた。宿主アポトーシスや細胞周期を阻害することで、自らの増殖に適した環境になるよう宿主を巧みに操っているのかもしれない。 一方、宿主オートファジー関連遺伝子については、発現変化はほとんどみられなかった。オートファジーは転写による制御ではなく、分子の局在変化、機能変化による制御がメインではたらいている可能性が示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度は、原虫感染による宿主応答を転写レベルで解析することに焦点を当て、トランスクリプトーム解析を行った。感染1時間後に変動した遺伝子の数は393と少なかったが、3時間後では1638に上昇し、多くの遺伝子の発現変動が認められた。個々の遺伝子に着目して特に発現が高かったものを抽出しても傾向は見えてこなかったが、パスウェイ解析を行ったところ生体防御、免疫に関わる遺伝子の亢進が明らかとなり、特にウイルス感染の場合と類似したパターンが認められた。T. cruzi感染細胞ではIKBKGが活性化すると予測された。IKBKGはNF-kB古典的経路のシグナル伝達に必須であるIKK複合体のサプユニットの1つである。原虫感染細胞ではNF-kB経路のIKK複合体形成段階まではシグナルが伝わると考えられた。 オートファジーに関しては、オートファジー関連遺伝子の発現変動が少なかった。しかし宿主オートファジー初期過程を負に制御するmTORが阻害されており、オートファジーは活性化されるという結果が得られている。タンパク質レベルでは、オートファジーの初期過程に重要な役割を果たすATG13のリン酸化が起こっており、おそらくオートファジーの初期過程は誘導されると考えられる。この結果はこれまでの当研究室の成果と一致している。 感染3時間後に、Fasリガンドを介した外因性アポトーシスを誘導するDAP3が不活性化すると予測された。また、24時間後には心筋細胞や消化器系細胞におけるアポトーシス関連パスウェイが顕著に抑制され、これまでの研究を裏付ける結果となった。以前の研究ではアポトーシス抑制因子c-FLIPの遺伝子発現上昇が見られたが、今回の解析では確認できなかった。その理由としては、c-FLIP発現は感染2-3日後に増加しており、24時間後ではあまり変化していないことが考えられた。
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今後の研究の推進方策 |
T. cruzi感染によるアポトーシス抑制については、感染後48、72時間後についてRNA-Seq解析を行い、c-FLIPの発現について確認を行う。シャーガス病は心臓疾患、巨大消化管という病態が知られており、T. cruziは心筋細胞、神経細胞に侵入し細胞内で増殖することが知られている。このように、宿主細胞の種類により、応答が異なると予測されることから、宿主細胞を免疫系の細胞や繊維芽細胞などに変えて実験を行う。たとえばTHP-1など免疫系の細胞に変え、生体防御ならびに免疫に関連する遺伝子発現を調べる予定である。 原虫感染によりNF-kB経路が活性化されることから、この経路を阻害した時の宿主応答を解析する。NF-kB阻害剤、抗炎症作用をもつIMD化合物を用い、オートファジー抑制、アポトーシス抑制が変化するかどうかを調べる。NF-kBの活性化によりサイトカイン産生が上昇することは、原虫にとっては不利にはたらくと考えられるが、実際にサイトカインが増加するかどうかについても解析する。また、アポトーシスをFasリガンドで強制的に活性化した場合、オートファジーの抑制は起こるのか、逆にオートファジーを活性化した場合にアポトーシス抑制は起こるのかという点についても解析する。オートファジーおよびアポトーシスの関連を解析し、T. cruzi感染による宿主応答およびそれに関わる重要な分子を突き止める予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
2020年2月にRNA-Seq解析を行う予定であったが、コロナウイルス感染が広がり受託会社から3月末までの納品ができないという連絡を受けた。受託会社は中国でRNA-Seq解析を行っており、当時、重慶で感染が広がっており、PCRの試薬調達が難しいとのことであった。そのため次年度使用額が生じた。サンプルはすでに作製してあるので、次年度に解析を行う予定である。
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