赤痢アメーバはアメーバ赤痢を引き起こす寄生原虫である。生活環は増殖形態である栄養体と休眠型のシストから成る。アメーバ赤痢の主因は、ヒトの大腸における栄養体の増殖と組織破壊である。一方宿主への感染は、栄養体が細胞分化により形態変化したシストによってのみ成立する。流行地においては、罹患者の糞便中のシストに汚染された食物や水の摂取によって引き起こされるため、発展途上国を中心に感染が拡大、死者も出ている。治療薬が限られること、有効なワクチンが存在しないことから、病原性の解明、新規薬剤開発が喫緊の課題である。 我々は、赤痢アメーバの保持する極端に退化したミトコンドリアであるマイトソーム(TCA回路や電子伝達系といった好気的ミトコンドリア由来の機能をほとんど失っている)の、主たる機能の1つが硫酸活性化であることを解明したことに端を発する含硫脂質代謝の研究を継続してきた。これまでに、赤痢アメーバがコレステロール硫酸(CS)とfatty diol sulfateという含硫脂質を合成していること、CSが栄養体からシストへの形態変化“シスト形成”制御に必須な分子であることを見出している。 本研究では含硫脂質の1つであるCSの輸送に着目、細胞外に添加したCSの動態および細胞に与える影響を解析した。その結果、CSがシスト形成において、細胞膜に直接作用して細胞の球形化を誘導すること(シスト壁の形成に繋がる)、細胞膜の透過性を低下させること(乾燥に耐性となる)を見出した。CSによる細胞膜透過性の低下に超長鎖(炭素数26-30)のジヒドロセラミドが関係していることを見出した。 細胞の球形化によるシスト壁形成および細胞膜の透過性低下は、宿主体外環境で生存するための赤痢アメーバの寄生適応戦略の1つである。我々は、CSがシスト形成において複合的な役割を持ち、生活環を成立させていると考えている。
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