クルーズトリパノソーマが引き起こすシャーガス病は、感染を維持しながら長い無症状期(数年~数十年)を経て慢性期へと移行し最終的に患者を死に至らしめる。しかしながら、なぜ長期間排除されずに感染し続けるのかは全くわかっていない。本研究は、申請者らが誘導に成功した“シスト”について、その内部構造、代謝基盤、誘導因子等を種々の解析を用いて明らかにし、クルーズトリパノソーマの「休眠」というこれまで未知の現象が慢性シャーガス病の原因であることを示すことを目的とする。これまでの研究から、レクチンの一種、コンカナバリンA(ConA)を培地に添加することによりシスト形成が誘導されること、電子顕微鏡観察によって最初に原虫内部に空胞が形成されそれを取り囲むシスト壁で核を含むオルガネラの分裂が複数回起きたのちに、分裂したオルガネラが集合して娘細胞が形成され、それがシスト内腔に遊離することが明らかとなった。免疫蛍光染色を用いてConA結合部位の探索を行ったところ、鞭毛基部に強いConAのシグナルが検出された。プロテオーム解析によってConAはチューブリンα/βサブユニットおよびクルジパインcruzipainと結合することが示唆されたが、それらの細胞内局在はConAとの局在性は必ずしも一致しなかった。各種レクチンのシスト形成誘導能について調べたところ、α-D-Manおよびα-D-Glcに特異的に結合するConAのみがシスト形成を誘導し、調べた限り他の糖鎖に対するレクチンはシストを誘導しなかった。シスト形成の生理学的意義の解明のためにメタボローム解析を行なったところ、ATP/ADP比が著しく低下することを見出し、特に解糖系の中間代謝産物の蓄積が認められた。以上の結果は、シストがクルーズトリパノソーマの休眠ステージとして機能し得ることを示唆している。
|