ピロリ菌CagAがヒト細胞内で形成するシグナル撹乱複合体の構造と機能の解析を試みた。がんタンパク質SHP2はチロシンリン酸化CagAとの結合によって活性化され、PAR1bは非リン酸化依存的にCagAと結合してCagA-SHP2相互作用を増強し、Cskはリン酸化依存的にCagAと結合しCagA-SHP2相互作用を抑制することを見出した。またPAR1bならびにCskはそれぞれ二量体化し、CagA-SHP2相互作用に及ぼす影響はこの二量体化に依存していることが示唆された。さらにはPAR1bの二量体化には因子Xが必要であり、このような極めて複雑な相互作用形成のため共結晶化による複合体解析は難航した。今後は、最近急速に技術革新の進んでいるクライオ電子顕微鏡等を用いた異なるアプローチから複合体解析の実施を視野に入れている。 一方、新たな展開としてCagAによるSHP2の酵素学的活性化に着目し、この活性化機構を標的とした阻害化合物の探索によって、SHP2の異常活性化に重要な相互作用の解析にアプローチした。以前の研究においてCagAによって活性化されるSHP2の酵素活性をハイスループットに検出するHTS実験系を構築済みであり、本HTSを用いて延べ4万種を超える化合物ライブラリーから阻害化合物を検討した。その結果、SHP2の触媒ドメインには直接作用せずCagAとの結合によって誘導されるSHP2のアロステリック構造変化を阻害しうる新規の化合物Aを得ることに成功し、SHP2の活性化機構とその阻害機序について新たな知見を得ることができた。
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