腸管系病原菌は、宿主常在菌の影響や粘液層などのバリアを巧みに掻い潜りながら標的部位を認識し、宿主への付着と定着を達成する。本研究では、申請者が新たに提案する細菌のIV型線毛と分泌タンパク質との相互作用を介して実現されるユニークな付着メカニズムを、細胞アッセイを含む分子生物学的手法や構造生物学的手法により検証し、腸管系病原菌の初期付着過程の構造学的基盤を解明することを目指している。 これまでの研究から、腸管毒素原性大腸菌(ETEC)が保有するIV型線毛であるCFA/IIIの立体構造モデルを構築し、さらに、線毛先端部に存在するマイナーピリンCofBと分泌タンパク質CofJの相互作用様式を、X線結晶構造解析により原子レベルで解明した。この結果から、CofBはC末端側のH型レクチン様ドメインで分泌タンパク質を認識し、腸管上皮への付着を実現することが示されたが、付着に直接関与する分泌タンパク質CofJの標的は明らかになっていなかった。 2019年度の研究から、CofJは、膜孔形成毒素の一種であるα-hemolysinと構造類似性を持ち、構造中にチロシン等の芳香族アミノ酸クラスターを有していることから脂質膜に結合する可能性が示唆された。2020年度は、ブタ脳抽出脂質混合物、DOPC、コレステロール、スフィンゴミエリン等からなる複数種の脂質組成からなるリポソームを作製し、超遠心分析、等温滴定型熱量計、そして電子顕微鏡観察による相互作用観察を行うほか、糖鎖、脂質アレイキットを用いて相互作用解析を行った。その結果、CofJは、分子表面の芳香族アミノ酸クラスターが脂質膜に挿入されることで、細胞膜に結合することが示唆された。本結果から、生体膜を模倣するリポソーム等をデコイとして利用することで、ETECの宿主への付着を阻害できる可能性が示唆された。
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