病原細菌は宿主内において複数の環境ストレスを受けているため、病原細菌の病原性発現を理解するためには複数のストレスに対する応答機構を理解した上で病原因子発現制御機構を解明する必要がある。本研究では、病原細菌の感染部位の一つである回盲部や大腸内では二価鉄や単糖がほとんど無いということに着目し、食中毒原因菌である腸炎ビブリオの鉄制限及び炭素源制限ストレスに対する応答因子とそれによる病原因子の発現制御について解析を進めた。 まず、炭素限代謝のグローバル転写因子であるCRPが腸炎ビブリオの鉄代謝調節に関わるかを検討した。その結果、CRPはvibrioferrin[VF;本菌が産生するシデロフォア(三価鉄キレート分子)]の産生増大に関与することがわかった。また、転写解析の結果から、crp遺伝子欠失株(Δcrp株)は親株に比してVF生合成に関わる遺伝子の発現が低下していた。この遺伝子の発現低下は、炭素やアミノ酸制限下における警告物質であるグアノシン4リン酸(ppGpp)の非産生株や、ppGppと共同でRNAポリメラーゼに作用し転写制御するDksAの遺伝子欠失株(ΔdksA株)においても認められたことから、炭素源代謝調節機構は鉄獲得機構とリンクしていることが示唆された。続いて、CRP及びDksAがCaco-2細胞への細胞障害性にどのような影響を示すかを調べた。その結果、CRPはT3SS2(3型分泌装置2)を介する細胞障害性発現に、一方、DksAはT3SS1(3型分泌装置1)を介する細胞障害性発現に関与することが示唆された。 本研究により、炭素源代謝調節の転写因子であるCRP及びDksAが鉄獲得系の発現調節をするとともに2つのT3SSを連携的に発現調節している可能性が見出された。これらの結果は、本菌病原性発現における調節機構のさらなる理解への貢献につながることが考えられる。
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