研究課題
ヒト免疫不全ウイルス(HIV)はサル免疫不全ウイルス(SIV)を起源とし、直系の祖先ウイルスはチンパンジーのウイルスSIVcpzであろうとされている。ウイルスの出芽・放出を抑制する細胞タンパク質BST-2に対抗するウイルスタンパク質は、HIVではVpuであるがSIVcpzではNefである。greater spot-nosed monkeysに感染するSIVgsnはこの目的にVpuを使い、SIVcpzはSIVgsnと別種サル由来SIVrcmとの組み換え体に由来すると考えられている。すなわち、SIVgsn Vpuは何らかの理由でチンパンジーでは使われず、その代わりにNefが働いたが、ヒトに感染後はVpuを再び用いるようになった、ということである。この経緯は、ウイルスと宿主の進化と相互関係を考える上で重要な示唆を与えている。SIVgsnがヒトBST-2に膜貫通ドメインを介して結合した結果、細胞膜上でのヒトBST-2発現を抑制することを、FACSを用いて証明した。SIVgsn由来Vpuは、ヒト細胞においてヒトBST-2発現抑制をとおしてHIV-1の放出を促進していた。その効果を、BST-2遺伝子をノックアウトしたHeLa細胞ではSIVgsnの発現によって感染性ウイルス粒子の放出は変わらないが、ヒトBST-2あるいはBST-2gsnを同細胞に発現させた場合は、SIVgsn由来Vpu存在下でウイルス放出が促進されることを、HIV-1ベクター感染に伴ってluciferaseを発現するTZM-blレポーター細胞を用いて明らかにした。さらに、SIVgsn99CM71株のVpuがヒトBST-2を妨害する分子メカニズムは、HIV-1のVpuによる妨害メカニズムとは異なる可能性も示した。この成果は2020年1月、専門誌Journal of Virologyに発表した。
2: おおむね順調に進展している
HIV複製を制御する宿主因子としてゲノムワイドスクリーンによってPATZ1を同定し、HIVをもとに作製されるレンチウイルスベクターの力価を飛躍的に向上させる細胞因子、ウイルス因子を見出して、初年度に2報、国際誌に論文報告した。令和元年度は、ウイルス粒子の出芽を抑制する機能を持つBST-2/Tetherinという細胞因子とそれに拮抗するレンチウイルスアクセサリータンパク質Vpuについての研究をとおして、出芽抑制の分子メカニズムとウイルスおよび宿主の進化に示唆を与える重要な証拠を論文報告することができた。SIVcpzはSIVgsnと他のサル由来SIVとの組み換えによって生じたとされており、レンチウイルスの進化の過程で、宿主制約因子BST-2との関係性がウイルスタンパク質Vpuにどのような影響を及ぼしたのか、興味深い。
SIVgsn由来VpuとHIV-1由来VpuがヒトBST-2の発現抑制をもたらすメカニズムの違いに着目し、BST-2と相互作用すると考えられるモチーフのアミノ酸に変異を導入して更に詳しい抑制メカニズムの解明に挑む。その他のHIV-1複製を制御する候補因子の遺伝子ノックアウトを進め、複製されるウイルスの増減を、レポーター細胞を用いて評価する。sgRNAが標的とする遺伝子がコードするタンパク質がHIV-1複製に必要であるかどうかを確かめるために、再度当該sgRNAを発現ベクターに組み込みCas9を発現するMT4細胞で発現させ、HIV-1複製が抑制されるかどうか再現実験を行う。遺伝子ノックアウトの確認は、western blotting法とDNAシークエンス法の両者で行う。MT4細胞で表現型が確認されれば、ヒト初代培養Tリンパ球あるいはマクロファージで同じ遺伝子ノックアウトによりHIV-1感染を抑制できるか、試験する。標的遺伝子産物が酵素である場合は、阻害剤の使用あるいは開発を試みる。
研究進展状況の変化により調整を行ったため。
すべて 2020 2019
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Journal of Virology
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