研究実績の概要 |
本研究では、癌の悪性化(浸潤・転移)の原因となる脱分化現象に対し、エネルギー代謝酵素であるイソクエン酸脱水素酵素(IDH)を標的とした脱分化抑制法を開発するための基盤研究を行っている。我々はこれまでに、未分化型肝癌細胞では分化型に比べIDH発現量が低下していることを見出している。さらにTGF-β刺激により脱分化(上皮間葉系移行)を誘導すると、同様にIDH発現量が低下することを明らかにした。そこで、レンチウイルスベクターを使用し、IDH1, IDH2, IDH3の各サブタイプに対する強制発現細胞株を樹立した。これらの細胞株において低酸素処理による低酸素シグナル応答をレポーターアッセイにより検討したところ、IDH1, IDH2, IDH3いずれの強制発現細胞株においても低酸素シグナル応答の減弱が認められた。このことからIDH遺伝子の賦活化により低酸素応答を阻害し、癌悪性化を回避する可能性が示唆された。 また癌細胞の脱分化現象に深く関わるとされるヘッジホッグシグナルについてその阻害効果と癌悪性形質への影響を検討した。未分化型肝癌細胞ではヘッジホッグシグナルが活性化しており、阻害剤であるGANT61を用いると細胞増殖、スフェア形成、細胞運動性に対して有意な抑制効果を示し、幹細胞性(stemness)遺伝子の発現低下を認めた。本研究成果は第26回肝細胞研究会(横浜、2019年5月)、第78回日本癌学会学術総会(京都、2019年9月)において発表し、さらに学術論文としてInternational Journal of Molecular Sciencesに発表された(2020年4月accept)。 また肝癌細胞脱分化に関わるエピジェネティック因子を探索するため、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)の発現解析を進め、現在までに脱分化と関連の強いHDACアイソフォームの同定に至っている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2019年度においてIDH1, IDH2, IDH3の強制発現細胞株の樹立と、悪性化要因の一つである低酸素シグナル応答の阻害効果が検証できた。現在は別の悪性化要因である上皮間葉系移行や、細胞運動性の抑制効果について検討し、IDH賦活化による癌悪性化抑制効果について多方面から解析を進める準備をしている。また脱分化と悪性化に関わる細胞内シグナル経路としてヘッジホッグシグナルの関わりを同定し、学術論文として発表した。さらに新たに脱分化に関わるエピジェネティック因子としてHDACアイソフォームの一つを同定しており、肝癌細胞の脱分化機構を解明する研究はさらに広がりを見せている。概ね計画通りの進捗状況であると考えられる。
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