日本国民の死因の第一位を占めるがんにおいて、がん遺伝子産物Ras(H-、N-、K-Ras)は、高頻度にその突然変異による恒常的活性化が認められている。申請者は、Rasの薬剤結合領域を世界に先駆けて解明し、この領域に結合してRasの機能を阻害するRas阻害物質の同定に成功した。このRas阻害物質は、個体レベルにおいて市販薬に匹敵する抗がん活性と、がん転移への密接な関与が示唆されるリシルオキシダーゼ(LOX)の発現制御を介した抗転移活性の両方を有する。近年、LOXが乳がんの骨転移に深く関与することが報告された。乳がんによる最大の死因は、骨など遠隔臓器への転移であることから、乳がんの骨転移の治療法の確立は世界的急務となっている。本研究は、LOXを介した乳がんの骨転移および腫瘍の増殖にRasが関与するかどうか検証することにより、Ras阻害物質の有用性を評価するものである。申請者はこれまでに、Ras阻害物質であるKobe0065が、ヒト高悪性化乳がんであるtriple-negative breast cancer (TNBC)の細胞遊走や細胞増殖を阻害することを示した。さらに個体レベルにおいて、Kobe0065がTNBCの骨転移や腫瘍の増殖を顕著に阻害することを示したことから、Ras阻害物質は難治性TNBCを標的とした抗腫瘍および抗転移活性を有する画期的な新薬になる可能性が示唆された。さらに最終年度では、マウスに異種移植したTNBCの腫瘍を用いて、Kobe0065がRasシグナル伝達経路の下流に位置するERKやAKTの活性化に与える影響を検証した。その結果、腫瘍内のERKやAKTはKobe0065投与による活性化阻害を示したことから、TNBCの腫瘍増殖および骨転移におけるRasの役割とRas阻害物質による抗腫瘍・抗転移活性をex-vivoレベルで明らかにするに至った。
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