【研究の課題】埋没費用効果は経済学の用語で、「より多くの労働を投資してしまった、大きなコストを支払ってしまった対象に対して、今後得られる利益に比べて不合理に高い価値を付与する」行動として理解され来た。サンクコスト効果、あるいはコンコルドの誤信として知られており、人間の価値追求の下にある経済的意思決定に、深いところで不合理性が潜んでいることを示す例として知られている。 【研究の目的】孵化直後のニワトリ雛を用い、餌を得る前に動物が投資する運動量(走る距離と時間)をコストとして計量し統制する。餌場では、当初、短い時間間隔で餌を給餌するが、間隔は等比級数的に長くなる。雛がどの時点で餌場を離脱し、別の新規の餌場へ向かうか、を定量化する。これによって既に投資したコストが、これから期待できる報酬量の予期に及ぼす影響を、厳格に計測することができる。 【方法と結果】給餌と行動計測を自動化するとともに、離脱意思決定の確率モデルを構築した。短い単位時間当たりの離脱確率(P)を決める要因として、瞬間利益率(直近の過去あるいは未来における、給餌間隔の逆数)および長期平均利益率(累積餌量を、餌場までの移動時間を繰り込んだ投資時間の和で割った値)を想定し、複数のモデルを構築し実データとの一致性を検討した。さらにそれぞれの確率的意思決定モデルの数値シミュレーションを計算し、得られる離脱時間の分布を解析した。 【結果と結論】トラベルに要したコストの増加に応じて、餌場の滞在時間も延伸した。定性的にはこの行動は埋没費用効果ではなく、最適採餌行動と解釈することも可能である。しかし、詳細な行動データおよび統計モデルの検討の結果、(1)実際の餌場利用時間は最適点より明確に長く、その結果、長期収量率は最大化されない、(2)直近の未来の給餌時間が予測できるにも拘らず、雛の行動は直近の過去の利益率に従う。
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