研究課題/領域番号 |
18K07372
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研究機関 | 和歌山県立医科大学 |
研究代表者 |
仙波 恵美子 和歌山県立医科大学, 医学部, 名誉教授 (00135691)
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研究分担者 |
上 勝也 和歌山県立医科大学, 医学部, 特別研究員 (20204612)
成田 年 星薬科大学, 薬学部, 教授 (40318613)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 脳報酬系 / 腹側被蓋野 / 側坐核 / ドーパミン / D1/D2受容体 / 運動療法 / 慢性痛 / 線維筋痛症 |
研究実績の概要 |
これまで運動による鎮痛(Exercise-induced hypoalgesia: EIH)の脳メカニズムについて、神経障害性疼痛(NPP)モデルマウスを用いて検討してきた。その結果、運動により腹側被蓋野(VTA)のドーパミン(DA)ニューロンが活性化し、それには背外側被蓋核のGlu/ACh作動性ニューロンと視床下部外側野のOrexinニューロンの活性化が関与すること、また扁桃体基底核内側部から側坐核への投射が活性化されることにより、鎮痛と積極的な行動の促進が起こることを明らかにしてきた。今年度は、以下の課題を設定した。 (1)痛みの慢性化に重要な役割を演じている「恐怖ー回避行動(fear-avoidance)」に着目し、恐怖条件付けに働く腹側海馬(vHPC)と扁桃体の機能が、運動によりどのように影響されるかということを検討する。恐怖反応の強さはすくみ反応の時間を指標とする。vHPCはmPFCやBLAからの入力を受け、mPFC、NAc、BLA、CeAへの出力を介して恐怖記憶の発現やその消去学習に重要な役割を担っている。例えば、vHPC-CA1領域からBLAへ投射するニューロンの活性化は、文脈性恐怖記憶の形成に関与する。本研究の目的は、NPPに伴うvHPC-PL経路とvHPC-BLA経路の活性化を運動が抑制するかどうかを明らかにし、運動が恐怖回避思考からの脱却を可能にする神経基盤を明らかにして慢性痛の治療に応用することである。 (2)我々はこれまで、運動によるVTAのDAニューロンの活性化がEIHに働くことを明らかにしてきたが、側坐核にはD1-Rを発現しGsに共役する中型有棘細胞(MSN)と、D2-Rを発現しGiに共役するMSNがあるが、本研究ではこれらの2種類のMSNニューロンがどのようにEIHに寄与するかということと、側坐核の領域による機能の違いの有無について検討する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
(1)まず、坐骨神経部分結紮(PSL)によりNPPモデルマウスを作製し、PSLの前後2週間自発運動を行わせた。フットショックによる恐怖条件付け後の消去テストにおいて、すくみ反応(freezing)時間がPSL-Sedentary群に比べてPSL-Runner群において短縮されることがわかった。vHPC-CA1の錐体細胞はBLAに投射するが、PSL-Sedentary群では、vHPC-CA1の錐体細胞の活性化が亢進していた。PSL-Runner群では、vHPC-CA1の錐体細胞の活性化が抑制されており、これには運動によるGABA介在ニューロンの活性化が関与することが示唆された。現在、恐怖条件付け後の運動期間や、運動で活性化するGABA介在ニューロンの種類について検討している。 (2)NPPマウスの側坐核にD1-R agonistあるいはD2-R agonistを注入すると、疼痛行動が抑制され、反対にD1-R antagonistあるいはD2-R antagonistを注入しても鎮痛効果はなかった。次に、D1-Creマウス、D2-Creマウスの側坐核にそれぞれ、AAV5-Flex-ChR2-mCherry, AAV5-Flex-ArchT-GFPを注入し、2週間後にPSL手術を施行した。光遺伝学を用いて側坐核のD1-MSN, D2-MSNを特異的に活性化あるいは抑制を行うと、D1-MSNの活性化およびD2-MSNの抑制はともにアロディニアを抑制した。側坐核のlateral shell, medial shell, coreにウィルスを打ち分けても結果は同様であり、VTAにおいてD1-MSNの終末を特異的に興奮させるとやはり鎮痛効果を示した。以上より、VTAのDAニューロンは側坐核に投射して、D1-MSNを興奮させ、D2-MSNを抑制することにより鎮痛効果を発揮することがわかった。
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今後の研究の推進方策 |
EIHの脳メカニズムについて、以下の4点に注目してさらに検討を進める。 (1)恐怖体験がEIHに与える影響について、腹側海馬―扁桃体路を中心に検討した結果を論文にまとめる。さらに、運動がvHPC-IL経路とvHPC-NAc経路を構成するニューロン群を活性化するかどうかを明らかにすることによって、運動が「恐怖―回避思考」からの脱却に働き、慢性痛の克服につながることの理論的根拠を与える。 (2)扁桃体―mPFC経路を中心に、扁桃体機能の左右差、mPFC機能の左右差について検討する。最近、右扁桃体の活性化は痛みを増強させ(pro-nociceptive)、左扁桃体の活性化は反対に痛みを抑制する(anti-nociceptive)ことが報告されているが、運動による影響が左右の扁桃体で異なり、さらにmPFCの機能の左右差に影響を与えているか否かについて検討する。 (3)我々は視床下部外側野のOrexinニューロンの活性化がVTAのDAニューロンを活性化してEIHをもたらすことを明らかにしたが、運動によるOrexinニューロンの活性化が、脳幹の諸核(青斑核、中脳中心灰白質など)に影響を与えてEIHに寄与する可能性についても検討する。運動がOrexinニューロンの活性化を介して、鎮痛とともに肥満と2型糖尿病の予防や克服にもつながる可能性を明らかにする。 (4)以上は動物実験による検討であるが、我々は平行して13例の線維筋痛症患者においても、3週間の入院運動療法を施行し、線維筋痛症症状の改善とともに、身体能力や心理的要因が改善することを確認している。これらの変化が運動による脳機能の変化と関連するかどうかを明らかにするため、入院運動療法の前後において安静時fMRIを撮像し、脳の各領域の機能的結合の変化を検討して興味深いデータを得ている。さらに症例数を増やして、論文化につなげたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
これまでに購入した実験器具、試薬で実験を行うことが可能であった。動物の購入については、講座研究費を使用した。 マウスを運動させるマウス用ランニングホイールについては、一部を更新した。
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