研究課題
がんは高齢者に多発する疾患だが、白血病も例外ではなく、特に治療後の再発が多い。これは、低い臓器予備能の高齢者に強力な抗がん剤治療が適さず、多数の白血病細胞が骨髄「微小環境」に生き残って治療抵抗性を獲得するためである。この「がん微小環境」は、がんの旺盛な増殖力で低栄養と低酸素状態が作り出され、その中でがんは独特のエネルギー代謝や低酸素環境への適応力を獲得する。そこで、本研究では、骨髄微小環境内における白血病細胞の生存力の軸となる酸化的リン酸化の制御機構を解明し、そこに残存する白血病細胞を識別できるマーカーを同定することを目的とした。当該年度の研究では、酸化的リン酸化阻害剤感受性白血病細胞と耐性白血病細胞の代謝制御機構の解明と識別マーカー分子の決定を試みた。急性骨髄性白血病(AML)患者由来細胞(IACS-10759感受、n=11、耐性 n=3)を対象として、IACS-10759感受性AML 細胞株OCI-AML3、耐性AML細胞株MOLM13とともにcap analysis of gene expression (CAGE)法を用いた転写ネットワーク解析を行い、KEGGおよびIPA解析によって責任因子候補を抽出した。その結果、IACS-10759 耐性細胞群において代謝や細胞増殖に関連する因子の発現が亢進しているという結果が得られた。これは、IACS-010759に対する感受性にAML細胞が本来保持する基礎代謝能力が関与することを示唆するものであった。そこで、エネルギー代謝調節因子であるAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)の役割をAMPKノックダウン細胞を用いて検討したところ、AMPKノックダウンAML細胞においてmTORシグナルの亢進とともにIACS-010759に対する耐性傾向が強まることを確認した。以上、基礎代謝亢進を伴うAML細胞においてOxPhos阻害効果が抑制されることを明らかにし、IACS-01759の効果識別マーカー候補としてAMPKおよびmTORを特定した。
2: おおむね順調に進展している
本年度の研究では、IACS-10759感受性/耐性AML患者由来細胞間での遺伝子発現の違いを検討し、検出された因子が酸化的リン酸化阻害剤感受性マーカーとして有用性を発揮するか否かを検証した。CAGE-Seq解析によってIACS-010759感受性のAML患者由来細胞と耐性細胞間の遺伝子発現差が検出された。IACS-010759感受性細胞では耐性細胞と比較して4遺伝子の発現が高く124遺伝子の発現が低かった(FDR <0.05)。 IACS-010759に感受性を示すOCI-AML3細胞では耐性MOLM13細胞と比較して1,623遺伝子の発現レベルが高値を示し、1,821遺伝子の発現が低かった(FDR <0.05)。Ingenuity Pathway Analysis(IPA)は、患者由来細胞とAML細胞株に共通してIACS-010759耐性に作用する因子としてmTORキナーゼ、Erb-B2受容体チロシンキナーゼ2(ERBB2)、エリスロポエチン(EPO)、IL3の4つを抽出した。これは、基礎代謝エネルギー能力がIACS-010759に対するAML細胞の感受性に影響を及ぼすことを示唆するものと考えられた。そこで、我々は、最も直接的にエネルギーの調節に関わるmTORに注目し、mTOR阻害を通じてエネルギー代謝を司るエネルギー代謝調節因子であるAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)の役割についてAMPKノックダウン(shAMPK)OCI-AML3細胞を用いて検討した。その結果、AMPKノックダウンAML細胞においてmTORシグナルの亢進とともにIACS-010759に対する耐性傾向が強まることを確認した。
今後の研究では、AML患者検体数をさらに増やしてCAGE解析を進めていく。また、Extracellular Flux Analyserによる代謝動態解析を行い、今年度の研究で得られた基礎的代謝亢進とOxPhos阻害剤耐性との関連性の検証を実施する。さらに、IACS-010759 によってミトコンドリア呼吸能を抑制されたAML細胞が代償性に獲得するエネルギー代謝機構について検討を進める。特に骨髄微小環境の中で生じる骨髄間質細胞との相互作用によってAML細胞が獲得する薬剤耐性機構との関わりに注目して研究を推進していく。
検討項目の実施順位を変更し、cap analysis of gene expression (CAGE)解析による遺伝子転写プロファイルの変化の検出とそのvalidation studyを本年度に実施し、Extracellular Flux Analyserによる代謝動態解析を次年度以降に実施することとしたことによって次年度使用額が生じた。次年度以降、臨床検体数を増やしてCAGE解析を実施し、Extracellular Flux Analyserによる代謝動態解析を実施する。これによって今回生じた次年度使用額は、適正に使用される。
すべて 2018 その他
すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (1件) (うち国際共著 1件、 査読あり 1件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (2件) (うち国際学会 2件)
Sci Rep
巻: 8 ページ: 16837
10.1038/s41598-018-35198-6.