研究課題/領域番号 |
18K07548
|
研究機関 | 昭和大学 |
研究代表者 |
西川 徹 昭和大学, 医学部, 客員教授 (00198441)
|
研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
|
キーワード | D-セリン / 白質 / 灰白質 / 大脳皮質 / in vivoダイアリシス / グルタミン酸 / グリシン / GABA |
研究実績の概要 |
脳の白質におけるD-セリンの特徴を知る目的で、ラット前頭部皮質よりforceps minorとcorpus callosumを中心とする白質領域と大脳新皮質の灰白質を採取し、蛍光検出機付HPLCを使って、キラル・非キラルの遊離型アミノ酸の一斉分析を行って、D-セリンとそのほかのアミノ酸の白質と灰白質の濃度を比較した。予備的実験結果と一致して、D-セリンおよびその前駆体のL-セリンの組織中濃度は、双方の領域で有意な差異が見られなかったのに対して、L-グルタミン酸、L-アスパラギン酸、グリシン、タウリン、GABA等の神経伝達物質としての作用が認められるアミノ酸は、いずれも白質より灰白質の濃度の方が有意に高かった。これらの結果は、ヒト死後脳で研究代表者らが報告したデータと一致していた(Brain Res. 1995年)また、in vivoダイアリシスを用いた検討から、マウスのforceps minorと内側前頭葉皮質における細胞外液中D-セリン濃度は同程度であることがわかった。現在さらに、神経伝導遮断、神経活動刺激、グリア細胞の活動性の抑制等の操作に対する反応性を調べており、灰白質(内側前頭葉皮質:Neuroscience, 1995年)の反応性と比較する予定である。 以上の所見から、D-セリンは神経伝達物質アミノ酸とは異なる白質ー灰白質間分布を示すことが明らかになり、機能にも違いがあることが示唆された。したがって、白質におけるD-セリンの含有細胞、グルタミン酸ーNMDA受容体系伝達との関連を解析することが統合失調症のや病態理解にも有用であると考えられる。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
齧歯類大脳皮質におけるD-セリンの組織中および細胞外液中の濃度は、ニューロンが主体の灰白質とグリア細胞が主体の白質の間で差がなく、グルタミン酸、グリシン、GABA等の神経伝達物質として作用するアミノ酸が灰白質に有意に多く含まれるのと対照的であることを初めて見いだし、ヒト死後脳の解析結果から立てた、「哺乳類大脳皮質ではD-セリンは灰白質だけでなく白質でも重要な役割を果たす」という仮説が支持された。 以上のデータは、NMDA受容体の活性化に必須の同受容体コアゴニストのD-セリンがグリア最奥優位の白質にも豊富に存在することを明らかにしたことにより、これまでほとんど注目されなかった、D-セリンの、白質の主要な構成最奥のオリゴデンドログリアとの相互作用を強く示唆するだけでなく、グルタミン酸ーNMDA受容体伝達系における分子細胞機構、生理的な役割、および統合失調症をはじめとする精神神経疾患の様態を解明する上で新しい視点を与える意義があると考えられる。 2018年度は研究代表者が研究機関を東京医科歯科大学から昭和大学に移動することになったため、これに伴う諸手続きを行う必要が生じた。研究面では、次の今後の研究推進方策に示すように、可能な限り動物を使用する実験を進め、2019年度に研究機器等を移設した後に脳内物質の解析をできるよう、脳サンプルを調製した。
|
今後の研究の推進方策 |
哺乳類において大脳皮質等の前脳部の白質に豊富に含まれるD-セリンと、白質の主要な細胞成分であるオリゴデンドログリアとの関連を明らかにする。すなわち、forceps minorで、in vivoダイアリシスによって細胞外液中D-セリンの神経伝導遮断、神経活動刺激、グリア細胞の活動性の抑制等の影響を調べる。また、オリゴデンドログリアの選択的に破壊する毒素を投与した動物の大脳新皮質の白質・灰白質でD-セリンと他のアミノ酸の定量的な一斉分析を行う。こうした動物のサンプルでは、オリゴデンドログリア、アストログリア、ニューロン、ミクログリア等の各細胞種のマーカータンパク質を定量的に解析し、得られたアミノ酸の変化の特異性を検証する。さらに、オリゴデンドログリアに比較的多く発現し、細胞内外の情報伝達物質の調節に関係している可能性が高い分子群について、遺伝子改変動物、薬理学的方法等を用いて、D-セリンの組織中および細胞外液中濃度の制御における役割を検討する。既に、(1)forceps minorにおけるin vivoダイアリシスの実験、(2)オリゴデンドログリアの選択的に破壊する毒素、ならびに(3)オリゴデンドログリア系細胞に発現するD-セリン調節候補分子の改変マウスの実験は実施済みで、脳組織および細胞外液のサンプルを準備しているので、今後は、これらのアミノ酸・タンパク質等の分析を進める。D-セリンの局在を調べるため、D-セリンおよび各種細胞のマーカータンパクに特異的な抗体を使った、免疫組織化学的解析も合わせて行う。 統合失調症における白質のD-セリンの病態に関しては、薬理学的モデル動物(NMDA受容体遮断薬またはドーアミン作動薬投与動物)の大脳皮質白質および灰白質や、統合失調症患者の大脳皮質白質のD-セリンの変化の検討を計画している。
|
次年度使用額が生じた理由 |
本研究では、in vivoダイアリシスの実験、アミノ酸の定量的解析を実施してきたが、2018年度前半に本実験に不可欠な機器のうちマイクロフラクションコレクターおよびアミノ酸分析用システムが、長期間(それぞれ25年あまりおよび約10年)の使用により故障し、修理に80万円程度を要する見込みとなった。また、研究の過程で研究代表者が作出した統合失調症モデル候補の遺伝子改変マウスにおけるD-セリンの病態を検討する必要が生じ、現在保存中の凍結受精卵を個体化する計画を立てた。この個体化には80万円程度を要する。2018年度予算額から見て当該年度中に双方の経費を確保することは難しかったことから、さらに、2018年度後半は研究機関の移動期間となったため研究活動の制約が生じたことより、2018年度に計画していた実験で実施が難しくなったものがあった。したがって、2018年度後半はこれらの機器と動物を使用せずに実行可能な実験を進めた。 これらの状況から、2019年度に、申請時には想定していなかった機器の問題と遺伝子改変動物作出に対する経費を確保するため、2018年度の物品費と旅費を大幅に節減して822,772円を繰り越し、2019年度の当初予算と合わせて活用することとした(概算:機器修理費80万円、凍結受精卵の個体化80万円)。旅費は2019年度に参加費が高額な国際学会の予定が加わったことも2018年度の使用を控えた理由である。
|