本研究は放射線の種類におる生体分子、特にDNAの損傷の仕方について、ラマン分光法により特定し、その影響を生物効果モデルに反映させることを目的であったが、残念ながらモデルに組み込むまでは至らなかった。しかしラマン分光法によるDNA損傷の観測手法を確立することができた。当該研究期間中に、様々な定量評価のための測定手法を試した。多くは安定した結果が得られず、放射線の種類によるDNAの損傷の比較が難しかった。しかし水溶液サンプルを入れる液体セルや解析手法の開発により、安定した測定が可能になった。 今年度は紫外線損傷とガンマ線による損傷について調べた。放射線治療分野において、よく使用されるリニアックは照射時にX線と同時にチェレンコフ光も発生している。チェレンコフ光の強度は波長の2乗に反比例しているため、波長の短い紫外線領域の強度が高い。よって細胞にはX線に加え紫外線も同時に照射されていることになる。これまでも紫外線のみ、ガンマ線のみによる損傷についてのラマン分光法測定はあったが、吸収線量をそろえ、それぞれの特徴を調べた研究はない。そこで今年度は、吸収線量をそろえ、線量依存のない線源による損傷の差異について調べた。Co-60γ線、紫外線である UVC および UVB を牛の胸腺 DNA に同線量吸収させ、 線源の違いによる特異的な損傷をラマン分光法にて検出した。その結果、紫外線照射の場合にはアデニンやシトシンのring modeの変化があったが、ガンマ線には観測されなかった。紫外線損傷としてピリミジン二量体は有名であるが、シトシンのring modeはそれを反映しているかもしれない。またラマンシフトの変動箇所はガンマ線の方が少なかった。今後は量子化学計算等でどのような損傷をしたら今回得られた結果が再現するのか調べていきたい。
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