IDH1/2はイソクエン酸を還元しα-ケトグルタル酸(α-KG)を産生する代謝酵素である。IDH遺伝子変異による特異的産物としてα-KGから2-ヒドロキシグルタル酸(2-HG)が産生され、2-HGにより前述のα-KG依存性酵素群の活性が阻害される。その結果、細胞内エネルギー代謝のみならず、エピジェネティック遺伝子発現制御や血管新生などにも影響が及びうる。 IDH変異は白血病やグリオーマと同様に胆管癌でも報告されたが、うち肝内胆管癌(Intrahepatic cholangiocarcinoma: ICC)のみに特異的であり、その約30%で認められる。胆道癌ゲノム解析においてIDH変異は、ICCの背景として知られる寄生虫感染やB型肝炎、C型肝炎を有さない症例に集積し、DNAメチル化とgenomic instabilityが比較的多い群として独自のグループに層別化される。一方で共存する特定の変異も殆どないことから、IDH変異が一部のICCにとって排他的ドライバー変異の一つであると考えられるが、それを裏付けるICC発症への経過における生物学的意義や下流の標的分子はいまだ明らかではない。 本研究では、IDH変異が発癌前の正常肝内胆管に及ぼす影響を明らかにする。具体的には、癌化前の正常肝内胆管細胞にIDH1変異を導入し、標的遺伝子を同定するとともに、エピジェネテイクス制御機構とメタボロームへの影響の両面からその意義を明らかにする。 IDH1変異は正常肝内胆管細胞に解糖系亢進などの代謝リプログラミングを誘導し増殖能を増加させることを見出した。その機構としてエピゲノムへの影響を介してエネルギー代謝の律速酵素の発現上昇を惹起し、代謝を変化させる可能性が考えられるため、本研究ではその分子メカニズムを解析する。
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