研究実績の概要 |
大腸癌 (CRC)では症例の約半数でKRASがんドライバー遺伝子変異が認められる。したがってKRASを標的にした分子標的薬が開発されれば、その恩恵を受ける患者さんは膨大な数に上る。細胞株を用いた研究において、KRASの変異部位によりKRAS蛋白の恒常的活性化、腫瘍細胞増殖速度の上昇、下流の増殖シグナルの活性化の程度には差を認めることから、CRCにおけるKRAS G12変異に対する新しい治療標的薬を探索するために、KRAS G12変異CRC(n=240)とKRAS野生型CRC(n=389)の全遺伝子発現を比較した。KRAS野生型CRCについては、HRAS, NRAS, PIK3CA, PIK3CD, PIK3CG, RALGDS, RGL1-3, BRAF, ARAF, RAF1に変異を有する症例を解析から除外した。KRAS G12変異CRCとKRAS野生型CRCとの間で、FC 2.0<、かつBH調整P値1E-08>を示した、少なくとも11個の候補遺伝子は、2つのグループ間で有意な差異を認めた。これらの創薬候補遺伝子に対し、6種類(G12A, G12C, G12D, G12R, G12S, G12V)のKRAS-G12変異蛋白質発現プラスミドを作成し、これらを正常細胞株に遺伝子導入し候補遺伝子のバリデーションを行った。KRAS G12変異型の間ではG12A, G12D, G12Vの遺伝子発現誘導が一様に高く、KRAS野生型導入細胞株と比較して2倍以上の発現誘導を示した遺伝子についてはCRC KRAS変異症例に対する有力な創薬ターゲット遺伝子である可能性を示した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
大腸癌 (CRC)906例における網羅的体細胞変異および遺伝子発現解析を行い、その全体像を明らかにした(第77回日本癌学会発表、2018年)。本年度は、CRCにおいて最も頻度の高いKRASコドン12変異によって制御される新規のより特異的な創薬ターゲットを同定する目的で、KRAS G12変異症例(n=240)とKRAS野生型症例(n=390)を対象として、両者の間で最も発現差を示す遺伝子を探索した。KRAS野生型と比較してG12変異型において2倍以上、かつBH-調整P値=1E-08以下の発現差を示す遺伝子は11遺伝子であった(第78回日本癌学会発表、2019年)。KRAS G12変異CRCにおける候補遺伝子の発現レベルを評価するために、KRASバリアント蛋白質発現プラスミド、pKRAS-WT (野生型)、pKRAS-A (G12A)、pKRAS-C (G12C)、pKRAS-D (G12D)、pKRAS-R (G12R)、pKRAS-S (G12S)、pKRAS-V (G12V)とpLacZ (control vector)を正常腎細胞株に遺伝子導入した。11候補遺伝子の発現レベルは、KRAS変異型の種類によって差を認めたが、G12A, G12D, G12Vの変異体で特に発現誘導が認められた。KRAS野生型に対して2倍以上の発現誘導を認めた遺伝子について機能解析を進めている。
|
今後の研究の推進方策 |
KRAS変異を有する大腸癌に対する創薬ターゲットの標的遺伝子を同定した。再バリデーション成功候補遺伝子に加え、KRAS G12変異症例(n=240)とKRAS野生型症例(n=390)を対象として、両者の間でBH調整P値が1E-107以下を示す遺伝子の中には、これまで癌遺伝子としての機能が明らかになっている遺伝子、TLR4, RHOBTB3, S100A6, S100A11, CA9, MFHAS1, TNIKやHOXB2などが含まれていた。これらの遺伝子についても、KRASコドン12変異体の種類により、その遺伝子発現や細胞増殖の促進能に差異があるのか否か明らかにし、KRAS変異をもつCRCの創薬ターゲットの標的遺伝子を絞り込む。一方、KRASコドン12変異体蛋白質発現プラスミドに加え、コドン13、61、117、146、22、59の変異体蛋白質発現プラスミドを作成し、コドン12変異体導入細胞株の遺伝子発現との差異について調べる。以上の結果を基盤として、最終的に選択された候補遺伝子のcDNAを組み込んだ蛋白質発現プラスミドを個別に過剰発現、あるいは翻訳制御等の方法でその機能的意義を明らかにする。更に2018-2019年度に新たに登録された約200症例のCRC患者について、全エクソームシークエンスおよび網羅的遺伝子発現解析を行い、同定された候補遺伝子の再検証を行う。これらの成果をもとに、CRC発がん動物モデルで検証しKRAS変異を有するCRCに対する治療薬の開発を目指すが、同定した候補遺伝子の更なる機能解析や動物モデルに対する検証は資金不足の可能性があり、その際には新たな研究費を確保した時点で実施する。
|