研究課題
心臓は心筋細胞で構成される。心筋細胞は心臓の収縮機能を担い、心筋細胞特異的遺伝子の変異は先天的心筋症の原因となる。心筋細胞の病理を調べる目的において幹細胞から分化させた幹細胞由来心筋細胞は有用であるが、生体内の心筋細胞に比べて未成熟であり、長期培養しても成熟心筋細胞の特徴を獲得しないことが知られている。 このことは、主に成体の心筋細胞を対象とする病態モデル作成などにおける障壁となっている。以前の研究より、大規模トランスクリプトーム分析から、幹細胞由来心筋細胞は長期培養後でさえも心筋細胞で成熟に伴って発現する主要な遺伝子群の発現が不十分であることがわかっている(魚崎ら、Cell Rep. 2015)。このことから、成熟過程には体系的な遺伝子発現変化が必要であることがわかる。我々の先行研究により心筋細胞はその特異的遺伝子群が「長い」という特徴をもち、さらにgene body(GB)領域のスーパーエンハンサー的(C-SE)構造を有することから、心筋細胞におけるGB領域が心筋細胞の体系的な遺伝子発現制御に役割を持つ可能性に注目している。2018年度は、まず幹細胞由来心筋細胞(mESC-CM)におけるGB領域エピジェネティック状態の構築を調べるため、脱メチル化中間産物である5-ハイドロキシメチルシトシン(5hmC)の分布を調べた。幹細胞からの心筋細胞分化誘導において心筋細胞は幼弱であり、その成熟のために三次元培養や特殊な細胞外環境を必要とする。幹細胞由来心筋細胞が培養条件下で成熟心筋細胞としての特徴を持つため、さらに病態にある心筋細胞の異常にC-ES構造が関与している可能性について検証する。
2: おおむね順調に進展している
2018年度はマウスES細胞からの心筋細胞の分化誘導と5hmC分布の解析を行った。CM特異的Ncx1プロモーター駆動ピューロマイシン耐性遺伝子を有するマウスES細胞からの心筋細胞分化誘導は、2i培地中で維持後、無血清分化培地中で2日間培養、アクチビンA、BMP4添加およびVEGFの存在下で2日後、bFGF、FGF10およびVEGFをふくむ培地に再播種し3日間培養することでおこなった。さらに、非CM細胞を除くためにピューロマイシンを2~3日間添加した。10日後、心筋トロポニンT染色により心筋細胞が90%以上であることを確認したものを幹細胞由来心筋細胞(mESC-CM)とし、必要に応じて再播種し分化後30日目まで無血清培地で培養した。mESC-CMサンプルを用いて、fMe-Seal-seq法によるゲノムワイドな5hmCマッピングを行った。5hmC分布を解析した結果から、培養10日目に心筋細胞特異的遺伝子のTSS下流2.0-2.5kbに5hmCの蓄積が見られることがわかった。この一過性の蓄積について、in vivoとin vitroの心筋細胞を直接比較したところ、ES細胞由来心筋細胞と新生仔心筋細胞の遺伝子発現類似性とは異なり、新生仔心筋細胞では特異的遺伝子のGB領域全体に5hmCが分布するのに対し、ES細胞由来心筋細胞ではTSS下流2kbp付近に一過性の5hmC蓄積が観察されるのみだった。この分布は心筋細胞以外でも細胞腫特異的に観察されたが、肝細胞では成熟に伴って5hmC分布が定着したのに対し、心筋細胞では定着することなく失われた。このように、心筋細胞と肝細胞のあいだには成熟に伴う5hmCのGB領域への定着に伴う5hmC分布の変化と細胞特異的な違いが観察されたため、今後この機能について解析を行う。
2018年度の研究成果により、生体内心筋細胞とES細胞由来心筋細胞のエピゲノムの違いはGB領域5hmCの維持にあることが明らかになった。心筋細胞特異的なGB領域エピジェネティック状態の構築にGB領域全体への持続的な5hmC分布が必要であり、それが形成されなかった幹細胞由来心筋細胞は成熟心筋細胞がもつC-SE構造を獲得できず、成熟細胞の遺伝子発現パターンを獲得できないという仮説を立てた。これに従い、2019年度以降の研究方針として以下の2点を中心に研究を進める。第一に新生仔心筋細胞とmESC-CMの違いを明らかにする成熟準備に必要な遺伝子を特定する。生体内の新生仔・成熟心筋細胞と幹細胞由来心筋細胞との発現の違いから成熟のボトルネック候補因子を抽出する。また、心筋細胞における成熟・未成熟の制御は新生仔心臓内で不均一であるため、成熟と未成熟の決定が新生仔心臓でどのように行われているかを上述の成熟因子の発現を、一細胞遺伝子発現解析を用いて明らかにし、いずれが成熟のボトルネック因子かを調べる。次に、ボトルネック因子の発現を基準に新生仔心臓および病態心臓を用いて成熟転換期の心筋細胞を精製し、5hmC分布とC-SE領域の形成、その影響範囲の変化を調べる。影響範囲の解析にはMed1/Smc1を用いたChIA-PETを用いて高次構造解析を行い、5hmCターンオーバーと高次構造形成の関係性について明らかにする。
計画進行に伴い、新生仔心筋細胞の一細胞遺伝子発現解析によって細胞の分化成熟の不均一性を調べることで成熟に成功している細胞集団の特徴を抽出することが、同一環境での成熟促進の鍵となる違いを見出すのに不可欠な過程であると考えた。一細胞遺伝子発現解析はやや高額であるため、2018年度後半は5hmCの解析に集中しデータ解析に注力することで、一部を繰り越して2019年度には一細胞遺伝子発現解析を行うための予算を確保する計画に変更した。そのため、次年度使用額の申請を行った。
すべて 2019 2018 その他
すべて 雑誌論文 (5件) (うち国際共著 1件、 査読あり 5件、 オープンアクセス 3件) 学会発表 (4件) (うち国際学会 1件) 備考 (2件)
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