研究課題
肺動脈性肺高血圧症(Pulmonary arterial hypertension, PAH)は、若年女性に比較的好発し、無治療の場合はその5年生存率が約20%と重篤かつ致死的な難病である。息切れや易疲労感など、その非特異的症状により早期診断は困難を極め、現在までに有効な特異的バイオマーカーは実用化されておらず、診断確定時には重症肺高血圧・右心不全状態を呈している症例がいまだに数多く存在する。PAHの肺動脈平滑筋細胞は、その癌細胞類似の異常増殖能によって、微小肺動脈壁の肥厚と狭小化を来す病変の首座と考えられている。我々はこれまでに、PAH患者由来の肺動脈血管平滑筋細胞(PAH細胞)のライブラリーを構築し、それらを用いた網羅的解析によって新規病因蛋白セレノプロテインP(SeP)を同定し、SePがPAH発症のメカニズムに深く関与していることを示した(Circulation 2018)。SePは流血中または採血後の自然分解により、そのフラグメントに分解されることが知られているが、アルフレッサファーマ株式会社が開発した全長SeP濃度測定方法を用いたSeP測定法(SPIA: Sol particle homogeneous immunoassay)を用い、当科が保有するPAH症例由来の血清、血漿を用いたSeP濃度測定の結果、血漿、血清いずれの検体を用いた場合にも再現性をもってほぼ同一の濃度測定結果が得られること、またサンプルの保存期間などにも影響を受けずに安定した測定データが得られることを確認した。さらに前年度までに得られているPAH症例が高SeP血症を示すデータに加え、治療経過中の患者血中のSeP濃度の増減が、その予後と有意に相関することを見出し、治療効果判定バイオマーカーとしての可能性を見出した。
2: おおむね順調に進展している
血中SeP濃度測定のためのアッセイ系の確立として、血清や血漿などの検体の種類や保存期間などの条件に左右されない、安定したアッセイ系の確立が期待される結果を得た。また、PAHに対する世界初のバイオマーカーとしてのSePの有用性について、PAHの診断バイオマーカーとしてのみならず、その予後評価マーカーや治療効果判定マーカーとしての非侵襲的バイオマーカーとしての有用性を見出し、これは現在までに報告されているBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)やCRP(C反応性蛋白)などの既存の心不全バイオマーカーに比して、より有効である可能性が示唆された。
引き続き、PAHの診断、予後予測、治療効果判定のためのバイオマーカーとして血中SeP濃度測定を早期臨床応用するべく、測定検体数を増やし2次検証を進める。また、PAHに対する特異的なバイオマーカーであることを示す目的に、当研究室が保有するPAH以外の臨床検体を用いたSeP濃度測定と臨床データとの相関解析を行い、これまでに得られている結果の疾患特異性を見出す。具体的には、右心不全を呈するPAHに加え、左心不全疾患や虚血性心疾患患者の血中SeP濃度測定を行い、症例数を増やし、個々の症例に紐づけされた臨床データを用いた解析を進め、予後や主要血行動態パラメーターとの相関を解析する。本研究成果を基に、未だ有効な早期診断方法が存在しないPAHに対して、臨床・基礎・診断薬研究開発企業(アルフレッサファーマ株式会社)の横断的研究ネットワークを基盤とする、SePをターゲットとした全く新しい独自のPAH診断法開発を引き続き推進する。
研究計画申請当初より3年間の研究計画を立案しており、次年度が最終年度となる。バイオマーカー開発と臨床応用のための安定した試薬開発、研究成果の発表のための経費として使用する予定である。
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すべて 雑誌論文 (5件) (うち査読あり 5件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (5件) (うち国際学会 2件、 招待講演 4件)
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