研究実績の概要 |
閉経後女性において肥満や糖尿病等の代謝異常の発症頻度が増えることから、本研究は主要な女性ホルモンであるエストロゲンの代謝制御メカニズムを解明することを目的として開始された。我々は、複数あるエストロゲンのシグナル伝達経路のうち、エストロゲン受容体(ER)の核内移行を伴わない経路であるrapid, non-g enomicシグナル経路を特異的に阻害した変異ERを構築し、それを内因性ERと置き換えたマウス(mtERKIマウス)を樹立した。本マウスは体重増加と耐糖能異常を示した。食餌摂取量は野生型マウスと同等であり、熱産生能を比較すると、mtERKIマウスは野生型マウスに比し寒冷環境下での体温低下が顕著なことが分かった。熱産生を促進する脱共役タンパクであるUCP1は、主たる発現組織とされる褐色脂肪組織では発現に差がなかった一方で、白色脂肪組織ではmtERKIマウスにおいて有意に発現が低下していた。mtERKIマウスでは、白色脂肪組織におけるCREBのリン酸化が低下しており、交感神経刺激入力が低下している可能性が示唆されたため、交感神経活性を制御する視床下部におけるシグナルの変化を検討したところ、mtERKIマウスの視床下部においてAkt,AMPKなどのkinaseのリン酸化が亢進していることが明らかとなった。mtERKIマウスの脳視床下部では、脱リン酸化酵素(PP2A)の活性が低下していることが分かったため、同マウスにPP2Aの刺激薬であるFTY720を脳室内投与したところ、AktやAMPKのリン酸化は低下し、白色脂肪における褐色化が回復するとともに、活動量の増加を認めた。 以上より、エストロゲンnon-genomicシグナルの特異的欠損が代謝異常を招くことが明らかとなると共に、non-genomicシグナルは脳視床下部のkinaseのリン酸化制御によって交感神経刺激を促進し、その結果白色脂肪組織の”褐色化”を介して熱産生能を促進して代謝恒常性を維持している可能性が示された。
|