研究課題
慢性閉塞性肺疾患(COPD)は、長期間の喫煙を主な原因とし、労作時呼吸困難や慢性の咳・痰を特徴とする進行性の疾患で、人口の高齢化とともに死亡率が年々増加していることが社会問題となっている。細菌やウイルスなどの気道感染に伴うCOPD増悪頻回症例はQOLや呼吸機能が低下し、生命予後の悪化を来す。長時間作用性気管支拡張薬(抗コリン薬LAMA、β2刺激薬LABA、両者の配合薬)がCOPD治療薬として使用され、呼吸機能の改善効果に加えて増悪抑制効果も有することが知られるがその機序は不明の点が多い。本研究では、COPD増悪頻回例では気道粘膜下腺からの新鮮気道分泌液の量的および質的異常が存在し、粘膜防御機構の脆弱化に関与しているとの仮説のもと、LABAおよびLABA/LAMA併用がこれを正常化する事象確認とその機序解明を目的とする。今年度は、定常状態(ACh単独刺激下)および炎症惹起状態(ACh+LPS刺激下)での新鮮分泌液の分泌量(分泌速度)と質(pH)のデータ数を十分に集積し、一定の結論を導くことができた。すなわち、LPSは気道分泌液を約3倍の速度に増加させて過分泌を誘発するが、臨床的に用いる3種類のLABAはいずれも分泌速度を著しく抑制し、また、LPSは新鮮分泌液を病的に酸性化しするが、LABAはこれをアルカリ側にシフトすることで質的にも正常化することを確認した。これらのpH変化が気道分泌腺管腔側に多く発現するCFTRチャンネルの機能不全によって生じることも、各種阻害剤を用いた分泌実験や免疫染色を用いた蛋白発現量の評価で確認した。以上の研究結果は2019年5月のアメリカ胸部疾患学会年次総会で発表した。本研究をさらに発展させることにより、COPD増悪抑制に特化した新規治療薬の開発に向けた基礎を提供し、安全で有効な治療法の確立と臨床応用に寄与することが可能である。
2: おおむね順調に進展している
2019年度は前年度に構築したブタ気管粘膜面での新鮮分泌液の可視化システムを利用して、定常状態(ACh単独)に加えて炎症惹起物質のLPS投与下での分泌速度と分泌液pHの測定を繰り返し、LABAあるいはLABA/LAMA併用での影響など、概ね予定通りのプロトコルで統計学的に十分な解析ができるレベルのデータ数を得ることができた。気道分泌腺管腔側に普遍的に多く発現するCFTRチャンネルの機能不全を特異的阻害薬で生じさせると分泌液pHが酸性化してLPSと同様の変化をすること、またLPS存在下では気道分泌腺膜上のCFTR発現量が低下する傾向があることも確認できたことから、メカニズムの解明に大きく近づくことができた。並行して、上記LABAによる効果が、気道上皮線毛輸送運動の観察および周波数、振幅などにどの程度影響するかも含めて既存の高速度カメラ付き顕微鏡システムを用いた予備実験を重ねている。本研究の主題であるCOPDにおける気道粘膜防御能の脆弱性の定量化、気道被覆液の質的正常化を可能とする新規治療法の確立に向けて、今後更なる研究を発展させる基盤を構築できた。
現喫煙者やCOPD症例では気道のCFTRの発現低下と機能不全を認めることも知られている。CFRT機能不全は気道表面の脱水および酸性化を引き起こし、ムチンの過剰貯留や変性が気道粘膜防御機構の破綻を来し、COPD増悪病態の一部を形成する可能性が注目されつつある。炎症惹起状態を再現するLPSがCFTRの機能を抑制する機序として機能的および蛋白発現レベルでのメカニズム解明を進める。新しいCFTR特異的阻害薬(CFTR inh172)が近年多くの研究で使用されていることから、本研究でもこのデータを増やす必要がある。CFTR蛋白は、細胞内で合成されると転送されて細胞膜上に一定時間発現したあと、再取り込みされ、細胞内で再利用されるルートと分解されるルートの2種類が知られている。LPSでCFTRの発現が低下することが確認され場合、どちらのルートが関与するかを確認する。またLABAがLPSによって低下したCFTR発現量を改善することが確認された場合も、どちらのルートが関与するかも確認する。最終的にはLABAによる分泌液の量的および質的改善効果が、気道上皮線毛輸送運動の観察および周波数、振幅などにどの程度影響するか、その延長線上に気道粘膜防御機構の漸弱性を改善する可能性の有無とその機序などを解明する予定である。
pH測定用のプロトン選択的色素SNARF-1 dextranとマルチプレートリーダー(FlexStation 3)を用いた自動解析法が可能であったことで概ね順調に研究が進んでいる。蛋白発現量の確認、すなわちLPSやLABAの有無によるCFTR発現量の定量化の検討に際して当初は技術的課題があり、実験が進まない時期があったものの、現時点でこの課題が克服されたため、今後は実験を重ねて必要なデータ数が得られる見込みである。2019年度の研究成果は概ね達成できており、次年度使用額として使用することで研究に支障は来さない。2020年度は前年度に得られた研究結果の信頼性を高めるために、現在の実験を継続して統計学的有意差の解析が可能な実験データ数を得る予定である。本研究における重要な分子であるCFTRの関与およびそのメカニズムをさらに検討するために、複数のCFTR阻害剤による抑制効果、および免疫染色・ウェスタンブロットによる蛋白発現、RT-PCR法などを用いた発現異常、再利用経路の関与などを確認する。ブタ気道だけでなく、健常人ドナーおよびCOPDドナーからの気道を用いた新鮮気道分泌液に対する検討および、その分泌液存在下での細菌増殖抑制効果の比較や粘液線毛運動輸送能の比較も行う。次年度の研究費はこれらの研究遂行および論文を含めた成果発表に使用する予定である。
すべて 2019
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (8件) (うち国際学会 3件、 招待講演 3件)
J Allergy Clin Immunol.
巻: 144 ページ: 972-983
doi: 10.1016/j.jaci.2019.04.023