研究課題
B細胞リンパ腫の様々な病型において、Notch1, 2の活性化を生じる遺伝子異常が認められることが報告されているが、その意義は不明であった。我々はこれまでのマウス研究において、成熟B細胞におけるNotch1の高発現がIL33の発現亢進により制御性T細胞優位の免疫微小環境を生じ、腫瘍の増殖に有利な免疫抑制性の微小環境となることを報告した(Arima H, Nishikori M et al. Blood Adv.2018;2:2282-2295)。こうした研究により、ヒトB細胞リンパ腫細胞ではしばしば遺伝子異常によって免疫微小環境との関係性が変化しており、それらがリンパ腫の成立や進行に深く関わっていることが示唆された。そのため、本研究では悪性リンパ腫における遺伝子発現修飾と免疫微小環境との関係性に着目して研究を進めている。CD58分子は抗原提示細胞に発現し、T細胞やNK細胞がCD2を介して免疫シナプスを形成し、免疫反応を生じるのに重要な分子であるが、B細胞リンパ腫における免疫逃避機構としてしばしば発現が低下することが知られる。我々は、B細胞リンパ腫におけるCD58の発現低下が、遺伝子異常が関与する以外に、エピゲノム制御によっても発現が落ちる症例があり、その場合はEZH2阻害薬によって発現の回復が得られることを見出し、論文で報告を行った(Otsuka Y, Nishikori M et al. Mol Immunol 2020;119:35-45)。EZH2阻害薬によりエピゲノム修飾で低下したCD58の発現を回復させることにより、共培養したT細胞の細胞傷害性サイトカインの産生を増加させることができることを示し、現在治療薬として開発が進んでいるEZH2阻害薬の重要な作用メカニズムである可能性を提示した。
2: おおむね順調に進展している
我々はB細胞リンパ腫で頻度の高いNotch1の活性化型遺伝子変異がIL33の分泌を促進し、免疫抑制性の腫瘍微小環境をもたらすことをマウスの研究により報告した。当初、Notch1のシグナル亢進がB細胞リンパ腫の良い治療標的になると推測し研究を計画したが、その遺伝子異常の様式から、Notch1シグナルを抑制する治療の臨床応用を目指すには様々な困難が伴うと判断した。その代わりに、B細胞リンパ腫細胞と周囲の免疫細胞との関係性の変化をもたらすエピゲノム修飾を標的とする方が容易であり、現実的な治療となる可能性が高いと考え、現在はそうしたエピゲノム修飾に着目して研究を進めている。我々はB細胞リンパ腫の免疫逃避の機序として頻度の高い異常であるCD58の発現低下がエピゲノム修飾によってもたらされる場合がしばしば存在することを見出した。一部のB細胞リンパ腫細胞株ではEZH2阻害薬によりCD58の発現が回復し、T細胞やNK細胞のリンパ腫細胞に対する反応性を高めることができることを報告した。さらに、研究を進める過程で、EZH2阻害薬がB細胞リンパ腫において、それ以外にも様々な免疫微小環境の改変作用を持つことを見出し、現在EZH2阻害薬のB細胞リンパ腫における免疫修飾作用を中心に研究を進めている。以上より、当初計画していた内容とはやや異なる方向性に進んでいるが、研究内容の工夫を行うことで興味深い知見が得られており、研究は順調に進展していると総合的に判断している。
我々はこれまでの研究で、B細胞リンパ腫細胞と免疫微小環境の関係性が、リンパ腫細胞のエピゲノム修飾によってしばしば変化していることを見出している。特にEZH2の活性化によってもたらされるエピゲノム修飾は胚中心型のB細胞リンパ腫(濾胞性リンパ腫と一部のびまん性大細胞型B細胞リンパ腫)で高頻度に生じており、その生物学的作用には一定のパターンが存在することが我々のこれまでの実験で示唆されている。そのパターンをより明確に類型化するために、複数の細胞株においてEZH2阻害薬によって変動する遺伝子群をRNA-seqにより網羅的に解析し、エピゲノム修飾関連遺伝子の異常のパターンやクロマチン沈降シークエンスと組み合わせて、EZH2阻害薬の作用の予測モデルを確立する実験を計画している。またエピゲノム修飾に着目したB細胞リンパ腫の他病型との生物学的性状の違いについて比較検討を行うことを予定している。EZH2阻害薬は現在複数の企業により開発され、悪性リンパ腫への治療応用に向けた治験が進められ、一部のリンパ腫で有効性が示唆されているが、その作用機序が明確でないために、現在は対象症例の絞り込みが困難な状況である。本研究によりEZH2阻害薬の有効性が予測できるバイオマーカーを明らかにできれば、EZH2阻害薬の有効な対象症例を選んで治療することが可能となり、EZH2阻害薬の治療成績の向上や医療経済への寄与が期待できる。
すべて 2020 2019
すべて 雑誌論文 (5件) (うち査読あり 5件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (3件)
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