研究課題
急性骨髄性白血病(AML)や骨髄異形成症候群(MDS)などの造血器腫瘍では、ゲノム解析の進歩により、遺伝子変異のほぼ全容が明らかにされている。一方で、最近になって変異の存在が示された遺伝子のいくつかでは、なぜその遺伝子に変異が生じることで造血器腫瘍の発症が促されるのかという点で、未だ不明な点が多い。本研究で主なテーマとするDDX41遺伝子変異も、造血器腫瘍症例の1~2%の割合で認めることが明らかにされているが、この遺伝子によりコードされる分子がRNAヘリケースのひとつであって、この変異が造血幹細胞・前駆細胞にどのような変化をもたらすのかわかっていない。我々はこれまでに、体細胞遺伝子変異として見られるp.R525H変異をモデルにして、DDX41遺伝子変異の病的意義を探ってきた。本遺伝子変異を導入した細胞では、増殖が著しく抑制され、この際リボソームRNA(rRNA)の生合成、すなわちpre-rRNAから成熟型のrRNAへと切断される過程が障害されることを見出した。また、これに伴って遊離リボソームタンパク質が生じ、これらがMDM2タンパク質と結合することによって、RBタンパク質がMDM2から離れ活性化される結果、細胞周期の抑制が起こるというメカニズムを提唱してきた。これはDDX41 p.R525H変異を持つ症例が概して骨髄不全傾向であることと矛盾しないが、一方で、必ずしも腫瘍化そのもののメカニズムを十分に説明できているわけではない。また、いわゆる「リボソーム病」でも、多くが骨髄不全の後に造血器腫瘍に至ることと重ね合わせ、DDX41遺伝子変異も、リボソーム合成障害を介して「翻訳」そのものを変容させているのではないかと考えるに至った。現在、この作業仮説の検証のため、DDX41遺伝子発現を抑制した造血幹細胞・前駆細胞を用いて、リボソームプロファイリング法による翻訳解析を進めている。
2: おおむね順調に進展している
リボソームプロファイリングによるデータの取得には、比較的大量の細胞を必要とし、かつ、ごく限られた断片長のRNA(リボソームに取り込まれ翻訳を受けている最中のmRNA)を正確に分離精製する必要があるため、高度な技術と経験を必要とする。研究初年度には、まず白血病細胞株を用いてリボソームプロファイリング実験の習熟につとめ、これまでに予想以上に的確に翻訳中のmRNAを捉え、次世代シーケンサーでデータ取得することに成功した (これは、得られたmRNAシーケンスデータに5’非翻訳領域から翻訳領域のみが含まれ、3’非翻訳領域が全く含まれないことにより証明された)。また、mRNAとしては比較的大量に存在していても、全く翻訳を受けていない遺伝子が同定されたり、RNAポリメラーゼⅠ阻害剤を加えrRNA転写を抑制した時に、特定遺伝子の翻訳が増減することが確認できたりしたことも、本手法の確からしさを補強するデータである。こうしたことを受け、現在、次の実験段階に進んでいる。ここでは、臍帯血由来造血幹細胞・前駆細胞を用いてDDX41遺伝子発現を抑制し、いわゆる生殖細胞系列変異(機能欠失型変異)を模倣した状態の細胞の表現型を、リボソームプロファイリングによって得ることとした。レンチウイルスを用いたDDX41の発現抑制を行い、この細胞を赤芽球系に分化させたところ、対照細胞に比し細胞の増殖と分化が著しく障害されることが確認され、赤芽球文化にDDX41を介した翻訳調節機構が関与するものと予想される。その詳細をリボソームプロファイリングで明らかにすることが、当座の目標となる。
上記の通り、リボソームプロファイリングによって、従来のトランスクリプトーム解析では見えなかった多くのデータが得られることが確認された。2019年度には、DDX41の有無によって翻訳が影響を受ける遺伝子の包括的および個別の解析を行う。包括的な解析としては、翻訳効率が向上もしくは低下した遺伝子群の構造的な特徴を明確にすることを計画している。予備的な解析では、DDX41の発現抑制によって翻訳効率が向上する遺伝子は、3’非翻訳領域が短い遺伝子が多く含まれることが分かっているが、さらに、翻訳とスプライシングとの関係性を調べるなど、より緻密なデータ解析を進めたい。個別な解析対象として興味深いのは、翻訳に変化が生じる遺伝子群にヒストン関連分子が複数含まれている点である。翻訳がエピゲノムの調節機構として機能するという報告はこれまでほとんど例がなく、新たな研究フィールドを確立することに繋げられるのではないかと期待している。また、前回受給を受けた基盤研究(C)「ヒト造血細胞でのゲノム編集技術基盤の確立と血液腫瘍病態解析への応用」の技術を応用し、これまでにDDX41遺伝子改変マウスの樹立に成功した。このマウスは、片側アレルがノックアウト、反対アレルがp.R525H変異に相当するジェノタイプを持つマウスである。ヒトにおいてDDX41の生殖細胞系列変異を持つ個体が造血器腫瘍を発症するのは平均60代であるとされていることから、このマウスも単に経過を観察するだけで造血器腫瘍に至るとは考えにくく、何らかの環境要因、もしくは造血幹細胞を細胞周期に入れるような刺激を加えることが必要であると予想している。これに対し、白血病誘導ウイルスの感染や、炎症刺激等を施すことによって個体の表現型変化を捉える実験を実施するとともに、本マウス由来の造血細胞を用いたリボソームプロファイリング実験にも進める予定である。
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