研究課題
感染・炎症などのストレス負荷時には、好中球をはじめとした骨髄球系血液細胞が増加する。このような状態の造血は「ストレス造血」、「緊急時造血」などと呼ばれており、定常状態とは異なる造血制御のしくみが働いて増大する需要に対応している。このような造血制御機構の理解は、感染・炎症の病態のみならず、化学療法・造血幹細胞移植後の造血回復などにも直接関連している他、造血器腫瘍発症の素地となる可能性も指摘されており、臨床上も非常に重要な課題である。我々は、このようなストレス負荷時の好中球造血にロイシンジッパー型の転写因子C/EBPβが造血幹細胞レベルでの作用することが重要であることを明らかにしてきた。しかし、C/EBPβがどのようにして造血幹細胞の増殖や分化を制御しているかについては不明であった。本研究ではストレス負荷時の造血幹細胞の分化・増殖制御におけるC/EBPβの機能について詳細な分子機構を明らかにすることを目的としている。C/EBPβは単一エクソンからなり、同じmRNAから蛋白質への翻訳段階で三種のアイソフォームが産生される(LAP*、LAP及びLIP)。LAP*およびLAPと、N末端側を大きく欠くLIPは、それぞれ機能が異なると考えられるが、細胞数の極めて少ない造血幹・前駆細胞でどのように発現しているかを検出することは困難であった。本研究では、C/EBPβのN末端(N-term)に対する抗体と、C末端(C-term)に対する抗体を組み合わせてフローサイトメトリーで解析する方法を考案した。LAP*及びLAPを発現する細胞はNおよびC-term の”double” positiveに、C末端抗体のみに認識されるLIPを発現する細胞はC-term “single” positiveとして検出することができた。
2: おおむね順調に進展している
研究に必要な施設・環境は十分に整備されており、使用する遺伝子改変マウスも従来から飼育しているものであり、順調に研究を進めている。これまでに定常状態及びストレス負荷時のマウス骨髄中の造血幹前駆細胞でのC/EBPβのmRNA、蛋白質レベルでの発現変化を観察した。さらにC/EBβのアイソフォームの検出技術を開発し、5-FU処理や骨髄移植などストレス負荷時の造血幹細胞・前駆細胞での発現変化を観察している。予備的検討では、ストレス負荷直後には3つのアイソフォームの中でも最も短いLIPが他のLAPやLAP*に先駆けて発現上昇するという結果を得ている。骨髄移植による造血幹前駆細胞の機能評価のために、CD45.1/CD45.2のcongenic系統を使用し、CD45.1陽性のレシピエント中でドナーとして用いたCD45.2陽性細胞のキメリズムを解析している。C/EBPβノックアウト(KO)マウスでは、これまでに感染時の好中球産生がWTに比して劣ること(Hirai H et al. Nat Immunol, 2006)、その作用点が造血幹前駆細胞であることをこれまでに報告していており(Satake S et al. J Immunol, 2012, Hayashi Y et al. Leukemia, 2013)、今回観察された移植実験の結果は予想に合致するものであった。このマウスを用いて5-FU負荷による造血変化の観察をすすめており、野生型とC/EBPβKOでの観察結果の差異からC/EBPβの機能を明らかにしつつある。以上、予定していた計画に沿った進捗状況であると判断した。
5-FUおよび骨髄移植などストレス負荷時におけるC/EBPβ欠損造血幹細胞・前駆細胞の挙動の特徴から、ストレス負荷後早期の細胞周期亢進・細胞数増多と、比較的後期の分化亢進の両方にC/EBPβが関わっていることが明らかとなってきた。さらに、C/EBPβの3つのアイソフォームの発現レベルを単一細胞レベルで検出できる新しいフローサイトメトリーの解析方法を樹立している。これらの結果を踏まえて以下のような内容を明らかにすべく取り組む予定である。1) マウスの骨髄中の造血幹細胞・前駆細胞を検出するためのマルチカラー染色と組合わせて、定常状態並びにストレス負荷におけるC/EBPβのアイソフォームの発現変化をモニタリングして、C/EBPβの時期特異的な機能との対比を行う。2) 従来からC/EBPβの3つのアイソフォームであるLIP及びLAP/LAP*は異なる機能を持つことが知られている。それぞれの細胞周期・細胞分化に及ぼす作用を明らかにするため、過剰発現による実験を行う。(a)LIP及びLAP/LAP*を発現するレトロウイルスベクターならびにコントロールベクターをマウスの造血幹細胞細胞株であるEMLに導入し、細胞周期・細胞増殖・分化に及ぼす影響を評価する。(b) LIP及びLAP/LAP*を発現するレトロウイルスベクターならびにコントロールベクターを5-FU処理したマウスから採取した骨髄細胞に感染させた上で放射線照射したマウスに移植し、回復期及び生着後安定したじきにおける造血幹細胞・前駆細胞の数並びに細胞周期の状態、分化細胞に及ぼす影響を評価する。1)及び2)の結果を合わせて、ストレス負荷後のC/EBPβの時期特異的・アイソフォーム特異的な機能について明らかにする予定である。
概ね順調に進捗しているが、マウスの移植実験にレシピエントとして用いるCD45.1の調達遅延と、ドナーとして用いるC/EBPβノックアウトマウスの繁殖に遅れが生じたため。
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https://www.kuhp.kyoto-u.ac.jp/~ict/clm/