研究課題
当研究課題では造血幹細胞を維持する骨髄の微小環境である造血幹細胞ニッチの加齢に伴う機能低下のメカニズムの解明を目指す。計画課題の初年度にあたる本年度においては、まず造血幹前駆細胞 (HSPC) の血流中から骨髄実質への血管外遊走におけるNOの役割の解析に取り組んだ。GFPマウスの骨髄からHSPCをセルソーターとHSPCマーカーを用いて分取し、これらの細胞100万個を麻酔下の野生型のマウスに静脈内投与した。投与されたGFP陽性のHSPCは血流に乗って頭蓋骨骨髄に移行するが、この移行してきたGFP陽性細胞を多光子レーザー顕微鏡を用いたin vivoライブイメージングにより捉えた。その結果、骨髄に移行したHSPCのいくつかは血管外遊走の場である類洞血管の壁に接着し、定常状態では約25分かけて骨髄の実質へと移動した。そこでNOの産生酵素であるNOSの阻害剤、L-NAMEを10 mMの濃度で経頭蓋骨投与したところ、HSPCの血管内から骨髄実質への移行時間は43.6分と約2倍に延長した。また血管内皮に発現するeNOSの欠損マウスであるeNOS KOマウスのHSPCの血管外移行に要する時間は64.1分と野生型マウスと比較して約3倍に延長していた。さらにeNOS KOマウスの頭蓋骨骨髄にNOドナーであるニトロプルシドを100 μMの濃度で局所投与したところ、HSPCの血管外への移行時間は28.6分と、野生型マウスとほぼ同レベルとなった。これらの結果から、HSPCの血流中から造血幹細胞ニッチへと移行する効率は、骨髄中で産生されるNOによって維持されている可能性が示唆された。
2: おおむね順調に進展している
当該年度は、NOがHSPCの血流中から血管外への移行に寄与しているか否かを明らかにすることを目的としてきた。NOがHSPCの血管内から骨髄実質への移行を支えるメカニズムとしては、類洞血管のshear stressの関与を予測している。Shear stressはex vivoでの検討から、リンパ球に関してその血管外遊走に正の相関をもって関与していることが報告されている。本研究課題で得られた結果では、HSPCの骨髄実質への移行に要する時間と、移行の場となった類洞血管のshear stressには負の相関が見られた。また、L-NAMEによるNOの産生阻害時に骨髄の動脈は収縮することから、NOが定常状態において骨髄の動脈の血管を拡張させ、その下流の類洞血管のshear stressを保持することで、HSPCの血管外遊走が誘導されているとの機序が予測された。一方で多光子レーザー顕微鏡によるライブイメージングを用いた本実験系では、測定時間内に観察エリア内で血流中から血管外へと移行するHSPCの数はマウス1匹あたり数個と、実験郡間で数的な比較をするには不十分であるという懸念が浮上した。これに対応すべくin vivoイメージングを用いた解析系よりも中長期にわたってより多くのHSPCの骨髄腔内への移行を評価するために、GFPマウスのHSPCを骨髄非破壊状態で移植した後、FACSにより骨髄中のGFP陽性細胞の数を測定することを計画している。このようにNOによるHSPCの類洞血管壁透過性に及ぼす影響に関しては一定の成果を得られたものの、その意義に関しては未だ検討中であることから、当該年度の進捗としておおむね予定通りとの評価とした。
まず期間初年度に解決に至らなかった、血流中から骨髄実質へ移行するHSPCの数に及ぼすNOの役割を引続き検証する。実験系としてはGFPマウスからセルソーターを用いて分取したHSPCを100万個の単位でeNOS KOマウスに骨髄非破壊的に移植し、一定時間後の骨髄中のGFP陽性のHSPCの数を野生型マウスと比較する。予備実験の結果から、移植後16時間後には数千個のGPF陽性のHSPCが見られたことから、まず16時間を目安にデータを取っていくこととする。またこのとき、骨髄中のGFP陽性のHSPCの数を分化段階ごとにそのマーカーを用いて測定することで、分化段階ごとのNOから受ける影響を評価することが可能となることも期待される。ここで得られるデータからNOによりHSPCの血管外遊走の効率が維持されることの意義についてまとめる。それと同時に2年度目以降に実施を計画した骨髄のNOの産生制御のメカニズムについて検証していく。マウス大腿骨骨髄組織のメタボローム解析の結果アセチルコリンが検出されていることから、eNOSのシグナルの上流にあたる因子として、アセチルコリンに着目する。現在のところアセチルコリンを産生する下肢での副交感神経の存在は明確でないため、血球系によるアセチルコリンの産生の可能性も視野に入れ計画を遂行する。アセチルコリンの産生細胞の探索に当たっては、当初予定していた副交感神経のマーカーを使った免疫組織染色の他、マウスの骨髄から各血球細胞をセルソーターで分取し、質量分析装置を用いてそれぞれの血球の種類ごとのアセチルコリン濃度の比較を試みる。これらの実験データを基に骨髄のeNOSのシグナルの詳細を明らかにし、それらの因子の加齢に伴う変化を研究期間の最終年度に向けて解析していく。
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