研究課題
HIV-1に必須の構造蛋白でありウイルス遺伝子を包む殻を形成するキャプシド(CA)は、ウイルス内においてウイルス遺伝子を保護する為に一定以上の強度で円錐状の殻構造を維持する。一方標的細胞に感染後、脱殻時にCA殻がスムーズに壊れる為には、CAが構造上、ある程度の“不安定性”を相反的に有する事が必要であると考えられる。我々はこれまでアミノ酸(AA)挿入変異によるHIV-1の構造学・ウイルス学的特性の変容について検討を行い、CAをコードする遺伝子領域の特定部位にAA挿入変異を有するHIV-1変異株において、CAの異常な自己崩壊(自壊)が起こる事を発見、同現象に関して詳細に検討を行う事により、①挿入変異CAを有するHIV-1変異株は複製能が著しく低下・欠損し、②単独発現させた挿入変異キャプシドにおいても著しい自壊を認め、③挿入変異CAにおけるCAの自壊はCAのC末端側(CTD)を発端として経時的に進行する事など、多数の研究成果を得ている。CAの自壊現象は、軽度であるが野生型CAにおいても認められる事を申請者は新たに同定、野生型 HIV-1 でのCAの自壊現象は HIV-1 の増殖において何らかの意義を有するのではないかとの仮説のもと、野生型CA及び種々の長さの AA を網羅的に欠損させた欠損変異CA単独発現プラスミドを作成し、CAの安定性に影響を及ぼす領域を評価した結果、CAのCTD側が少なくとも9AA欠損(CA CTDΔ9)するとCA自壊は生じなくなる事が判明した。本研究ではHIV-1の必須構造蛋白であるCAで認めるCA自己崩壊(自壊)の責任領域やその機序を検討し、更に HIV-1 の脱殻・複製に対しCA自壊が及ぼす影響について評価するものであり、現時点では不明な点が多い感染初期、特に脱殻時におけるCAの動態に関して、新たなコンセンサスの確立に貢献し得る可能性がある。
2: おおむね順調に進展している
我々はCA構造蛋白領域の特定部位にアミノ酸(AA)挿入変異を有するHIV-1変異株において顕著なCAの自己崩壊(自壊)が起こる事を見出し、詳細な検討を行う事で、挿入変異CAにおけるCA自壊はCAのC末端側(CTD)を発端としてCA全体に波及する等、多数の研究成果を得ている(論文投稿中・under revision)。このCA自壊は野生CA(CAWT)でも軽度認められ、HIV-1生活環において意義を有すると考えられる。本研究ではCAWTで認めるCA自壊の責任領域を詳細に検討、更にHIV-1の感染・増殖に対しCA自壊が及ぼす影響について評価した。CAWT発現プラスミド、CTDのAAを一部欠損した変異CA発現プラスミドを網羅的に作成、それらを強制発現させた細胞溶解液を37℃で定温静置した際の野生/欠損変異CAの経時的変化をELISA法で評価した。CAのCTD一部欠損HIV-1変異株(HIVCA CTDΔ9)を作成し、変異ウイルスの形態を電子顕微鏡で観察した。またMT-4細胞を用いて変異株の複製能を評価、更にMagiCD4+/CXCR4+細胞を用いて変異株の感染性を評価した。環境因子を変化させる事で、CA自壊への影響を検討した。これらの結果、CAのCTD側が少なくとも9AA欠損(CACTDΔ9)するとCA自壊は生じなくなる事が判明した。HIVCA CTDΔ9内部のCA殻は、野生株と比べ小型の形態を呈しており、CA殻の過剰凝集が疑われた。HIVCA CTDΔ9株の感染性・複製能は、いずれも著しく障害されていた。溶媒中のpHを弱酸性から中性に変化させた際、CAWTにおいて自壊の増強を認めたが、CACTDΔ9ではその効果は認めず、この結果よりpH変化がCTD 9AAにより惹起されるCA自壊(CA殻分解/脱殻)のトリガーとなっている可能性が示唆された。
我々が見出したCA CTD9AAの特性が、CA固有のものか、他の蛋白においても同様に惹起されるか検討するため、他蛋白へCA CTD9AA配列を付加した際の蛋白安定性に及ぼす影響を評価する。例としてHIV-1のMatrix (MA)もしくはCA CTD9AAを付加したMA発現プラスミドを作成、細胞に強制発現させた後、経時的なMA安定性の変化を評価する。標的細胞にHIV-1が新規に感染した後に起こる円錐状CA殻の脱殻に、CA CTD9AAが与える影響を検討するために、細胞内もしくは細胞外において異なる環境因子(電解質濃度)を変化させた各種条件下において、環境因子がCA CTD9AA有無でのキャプシドの経時的な抗原性変化やウイルス複製能の相違等に影響を及ぼすか否かを評価する。更に、以下の方法で野生型HIV-1(HIVWT)及び HIVCA CTDΔ9の脱殻過程における相違を評価する。【HIV-1 uncoating assay法】ウイルス感染細胞を回収し、洗浄後に細胞溶解液を作成、遠心により核分画ペレットを除去した後、上清をスクロース密度勾配遠心分離法により可溶性分画とペレット分画に分けて回収し、CA抗体を用いたWB 法により可溶化CAと粒子性CAの各量を調べる事で、HIVWTやHIVCA CTDΔ9におけるCA脱殻の効率を評価する。本研究で得られた知見を基にした新規抗HIV-1剤開発の戦略として、CACTD9AAを含む領域に特異的に結合する事でCACTD9AAの本来持つ特性を失わせ、HIV-1の増殖を阻害するような化合物の検索をin silico docking simulation法により行い、有望な化合物に関しては実際に購入し、MTTアッセイ法(HIV-1 感染によって起こる細胞障害に対する化合物の阻害活性を評価可能)により抗HIV-1活性の評価を進める。
HIV-1 CA CTD9アミノ酸の有無によるHIV-1 CA殻脱殻効率の変化等に関する実験を遂行するため、また細胞内もしくは細胞外において異なる環境因子(電解質濃度)を変化させた各種条件下において、環境因子がCA CTD9アミノ酸有無でのCAの経時的な抗原性変化やウイルス複製能の相違等に影響を及ぼすか否かを評価する実験を遂行するため、次年度に研究費を使用する。
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