本研究では、宿主細胞である赤血球で起こるATPをリガンドとした細胞内cAMPシグナリング、すなわちPKAの活性化が、マラリア原虫の赤血球侵入のための必要条件であることを実証し、それを遮断することによって耐性の生じないマラリア治療法を確立することを目的とした。 赤血球内シグナル伝達経路の同定のため、ATPを含むプリンヌクレオチドをリガンドとする受容体のアンタゴニストを用いたin vitro感染実験を行ったが、先行研究によりヒト成熟赤血球に発現していることが予想されたATP受容体に対するアンタゴニストはいずれもマラリア原虫の赤血球侵入を抑制しなかった。 他方、ホスホジエステラーゼ阻害剤であるIBMXの効果について検討したところ、予想に反して濃度依存的にマラリア原虫の赤血球侵がを阻害された。さらに、膜透過性cAMP類似体であるSp-cAMPは濃度依存的にマラリア原虫の赤血球侵入を阻害し、非活性型類似体であるRp-cAMPは同じ濃度で効果を示さなかったこと、アデニル酸シクラーゼ活性化剤であるフォルスコリンもマラリア原虫の侵入を阻害したことから、赤血球内のcAMP濃度の上昇はむしろマラリア原虫の赤血球侵入に対して抑制的に働くことが示唆された。また、マラリア原虫のPKAには作用しないと報告されている特異的阻害剤(PKI-m)が、マラリア原虫の侵入に対して効果を示さなかった。以上より、赤血球内cAMP濃度の上昇は原虫の赤血球侵入を抑制すること、それに関わるシグナル伝達経路はPKAを介したものではないことが示唆された。 シグナル伝達経路は明らかになっていないものの、赤血球内cAMP濃度を上昇させることによってマラリア感染を防げる可能性があることが分かった。PKA以外のcAMP依存性シグナル経路について検討を続けている。
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