糖尿病の新規治療法の開拓に向け、本研究では、五感の嗅覚機能を活用した中枢性代謝調節の機能制御が可能か検証した。前年度までに、マウス嗅覚系の刺激および破壊実験により、空腹時の食餌性嗅覚刺激が糖・脂質恒常性の維持に寄与することを突き止めた。そこで本年度は、その機序の解明研究を実施した。まず空腹時において、食餌性嗅覚刺激が血中遊離脂肪酸を増加させる中枢機序を薬理遺伝学的手法(DREADD法)により解析した結果、梨状皮質神経の抑制による嗅覚記憶の障害に伴い脂質動員が消失することを見出した。糖・脂質代謝に関わる脂肪組織、膵臓および骨格筋の遺伝子発現をRNAseq法で網羅的に解析した結果、臓器特異的変動と脂肪・蛋白の消化吸収との関連が示された。Western blot法により脂肪分解マーカー(ホルモン感受性リパーゼのリン酸化)の変動を解析した結果、嗅覚刺激に伴い内臓脂肪組織における脂肪分解が促進することが示された。次に、空腹時嗅覚刺激後の再摂食時における脂質利用の機序を解析した結果、血清パラメータの変動解析より、摂取した脂質の吸収と肝臓からのVLDL(コレステロールと中性脂肪)分泌が嗅覚刺激で促進されること、またメタボローム解析より臓器特異的な代謝活性の変動が嗅覚刺激で誘発されることを見出した。肝臓の小胞体ストレスは嗅覚刺激で軽減された。なお、嗅覚刺激は摂食量や血糖値には影響しなかった。以上より、食前の食餌の匂い刺激は嗅覚記憶依存的にエネルギー源として脂質を動員し、再摂食時には脂質利用の効率を高めて糖・脂質恒常性の維持に寄与することが示された。このように、嗅覚系と代謝系は密接に関連しており、その連係機構は肥満や糖尿病などの代謝異常を防止するための重要な治療標的である可能性が示された。
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