研究課題/領域番号 |
18K08495
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研究機関 | 国立研究開発法人国立国際医療研究センター |
研究代表者 |
菱川 大介 国立研究開発法人国立国際医療研究センター, その他部局等, 上級研究員 (10569966)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | ドコサヘキサエン酸 / 多価不飽和脂肪酸 / リゾリン脂質アシル転移酵素 / 脂質代謝異常症 |
研究実績の概要 |
ドコサヘキサエン酸(DHA)に代表されるオメガ3(ω3)脂肪酸は生体において重要な働きを持ち、その摂取は心血管系障害のリスク低減や抗炎症作用などの効果を示す事が古くから知られてきたが、生体においてω3脂肪酸の量の認識機構や恒常性維持機構については不明な点を多く残しているため、本研究ではその解明を目的としている。前年度までに、全身性にDHA含有リン脂質をほぼ欠いているリゾホスファチジン酸アシル転移酵素3(LPAAT3)の欠損マウスでは、肝臓特異的にDHA合成に必須の遺伝子群が誘導されることを明らかにしている。 しかしながら、この肝臓特異的な発現誘導は、肝臓におけるDHA不足によるものか、他臓器におけるDHA不足による二次的な影響によるものなのかが不明である。そこで2019年度は肝臓特異的LPAAT3欠損マウスを作成し、肝臓においてのみDHAが欠乏した状態においても、DHA合成酵素群が誘導されることを確認した。また、肝臓組織においてリピドミクス解析を行い、肝臓特異的LPAAT3欠損マウスにおいては、DHA含有リン脂質量は著しく減少する一方で、DHA含有トリグリセリド やコレステロールエステル量についてはコントロールマウスと同等であることが明らかとなった。過去のDHA欠乏モデル実験に用いられてきた、DHA合成酵素の欠損マウスなどにおいてはすべてのDHA含有脂質が減少する為、DHA含有リン脂質の特異的な減少はLPAAT3欠損マウスのユニークな点であることが明らかとなった。これらの結果から、肝臓におけるDHA欠乏の認識は、DHA含有リン脂質量を介してなされるものと考えられた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2019年度は、肝臓におけるDHA欠乏が肝臓におけるDHA合成酵素群の誘導の直接の引き金となるかどうかを解析するために、タモキシフェン誘導型の肝臓特異的LPAAT3欠損マウスを作成した。タモキシフェン投与により肝臓特異的にLPAAT3を欠損したマウスにおいては投与の1週間後には肝臓のDHA含有リン脂質がコントロールマウスの10%程度にまで減少した。また、全身性のLPAAT3欠損マウスと同様に、肝臓特異的LPAAT3欠損マウスの肝臓においても、DHA合成酵素の誘導が見られた。 2018年度に本研究では、LPAAT3欠損マウスの肝臓においては脂肪酸合成およびDHAを含む多価不飽和脂肪酸合成酵素遺伝子群のマスターレギュレーターであるSREBP1が誘導されることを見出している。本年度は肝臓特異的LPAAT3欠損マウスの肝臓においても活性化型のSREBP1が増加することを見出した。さらにリピドミクス解析を行い、肝臓特異的LPAAT3欠損マウスにおいてはSREBP1が増加しているにも関わらず、トリグリセリドやコレステロールなどの中性脂質は増加せず、DHA以外の不飽和脂肪酸が代償的に増加することを明らかにした。 これらの結果から、肝臓におけるDHA含有リン脂質量はSREBP1の活性調節を介して、肝臓の不飽和脂肪酸の恒常性維持に特異的に寄与していることが示唆された。
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今後の研究の推進方策 |
本研究ではこれまでに、肝臓特異的なLPAAT3欠損マウスを用いて、肝臓におけるDHA含有リン脂質の減少がSREBP1を介した不飽和脂肪酸合成酵素群の誘導と、それに伴う多価不飽和脂肪酸の代償的な増加を導くことを示している。現在、SREBP1がこのDHA含有リン脂質欠乏における脂質代謝の変化に関与するかどうかについてさらに解析を行うために、アデノウイルスベクターを用いたSREBP1遺伝子のノックダウン実験をLPAAT3欠損マウスに対して実施している。 肝臓は主にリポタンパクを介して全身に脂質を供給する役割を有するため、肝臓におけるDHAリン脂質の減少とそれに伴うDHA以外の不飽和脂肪酸の増加が、全身の脂質組成に影響を与える可能性が考えられる。そのため現在、肝臓特異的LPAAT3欠損マウスの血漿を含めた肝臓以外の組織における脂質組成のリピドミクス解析を進めている。 本研究では、DHAの肝臓における欠乏が肝臓における脂質代謝に与える影響を明らかにしてきた。一方で、DHAなどのオメガ3脂肪酸は脂肪肝や高脂血症の治療に使用されている。そこで今後、肝臓特異的LPAAT3欠損マウスに対してオメガ3脂肪酸を豊富に含む餌を投与し、肝臓や血中のリピドミクス解析を行うことにより、肝臓においてDHA含有リン脂質の変化がこれらの効果に与える影響を明らかにする予定である。
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