研究課題/領域番号 |
18K08533
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研究機関 | 東京医科歯科大学 |
研究代表者 |
佐伯 久美子 東京医科歯科大学, 大学院医歯学総合研究科, 非常勤講師 (80322717)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 褐色脂肪細胞 / ヒト胚性幹細胞 / モノクローナル抗体 / 免疫沈降 / 血清マーカー |
研究実績の概要 |
熱産生脂肪としての褐色脂肪細胞(BA)は抗肥満作用や糖代謝向上作用を持つため代謝症候群の予防/治療開発において注目されている。BAは加齢や代謝症候群で減少することが知られるが、現行のヒト生体BA量計測技術は寒冷刺激を与えたうえでの核医学検査を必要とするため手間とコストの観点から普及に制限がある。本研究は、汎用性の高いヒト生体BA測定技術の開発を目的として、ヒトBA量血清マーカーを得るべく、申請者が作製した「ヒト胚性幹細胞由来BA特異的モノクローナル抗体 (IgM)」が認識する血清抗原を同定する。前年度までに、ヒト胚性幹細胞由来BA溶解液を材料として高速液体クトマトグラフィーで目的分子の精製操作を繰り返して行い、最終精製分画をSDS-PAGEで分離した後、クマシー染色で可視化されたバンドを切り出して質量分析機での解析を行った。しかしアミノ酸構造を示すピークは得られなかった。その原因は、目的蛋白がクマシー染色後にゲルに不可逆に結合するため、通常法ではゲルから溶出されないことにあることも判明した。そこで本年度は、当該抗体をIgG化して免疫沈降操作を行うことでヒト胚性幹細胞由来BA溶解液から目的蛋白を高純度に回収することを試みた。しかし、IgM型であるBA特異的モノクローナル抗体をIgG化すると抗原認識の特異度と感度が大幅に低下することが判明した。そこでIgM抗体を用いて目的分子を効果的に沈降させるための条件を検討した。そして試行錯誤ののち最適条件を決定することができた。現在、大量調製したヒト胚性幹細胞由来BA溶解液を用いて、パイロット実験で決定した条件を適用して目的分子を純化中である。新型コロナ対応のため研究が遅れているが、純化のための最適条件は決定済みであり今年度前期で目的分子の構造が決定される見込みである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
当初計画よりも研究進捗が遅れている理由は4つある。1つは目的分子が極めて特異な性質(SDS-PAGEにて分離した当該バンドをクマシー染色すると目的分子はゲルから溶出されなくなる)を持つために、汎用の蛋白同定技術を適用して目的分子を純化することができなかったことである。このような性質を持つ蛋白は報告例がなく、目的分子が特異な構造的特徴を持つ蛋白であることが推察される。2つめは、申請者が作製したヒトBA特異的モノクローナル抗体がIgM型であったことである。一般の免疫沈降技術ではIgMを用いて抗原分子を沈降することはできないため(注:実際に汎用法を適用して試行錯誤したが目的分子は沈降されなかった)、免疫沈降を純化過程に組み入れるべく当該モノクローナル抗体のIgG化を試みた。しかしIgG化したために抗原認識に際しても感度も特異度も大きく低下したため、IgG化抗体を用いた免疫沈降による純化を断念せざるを得なかった。3つめは、研究代表者の異動(国立国際医療研究センター研究所→東京医科歯科大学)により本課題の第3年度に研究実施場所が変更となり研究環境の整備(ヒト胚性幹細胞の移動、新規所属施設でのヒト胚性幹細胞使用研究申請等)に時間を要したことである。4つめは移動先での新型コロナ対応のために約半年間にわたり実験が停止されたことである。しかし実験再開後には、IgM抗体を用いて目的分子を効果的に沈降させる条件を繰り返して検討した結果、IgM抗体を用いた免疫沈降の最適条件を見出すことができた。以上、4つの障壁のために研究進捗は当初計画より遅れることとなったが、すでに正しく軌道を修正済みである。すなわち、ヒト胚性幹細胞由来BA溶解液の大量調製という時間を要するステップが終了次第、目的分子の純化も速やかに完了させることができることを見込んでいる。
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今後の研究の推進方策 |
前項に記載のごとく、研究代表者の移動先機関である東京医科歯科大学での研究により、IgM抗体を用いた新規免疫沈降技術を適用して、ヒト胚性幹細胞由来BA溶解液の中から目的分子を効果的に沈降するための条件を決定済みである。また東京医科歯科大学において、バイオリアクターを用いたヒト胚性幹細胞由来BA溶解液の大量調製のための環境も整備済みである。これらの準備状況に基づき、今後は、大量調製されたヒト胚性幹細胞由来BA溶解液を材料として、東京医科歯科大学のSHIMADZU御茶ノ水SHARE LABOに設置された高速液体クトマトグラフィーを用いて目的分子を精製したうえで、IgM抗体型モノクローナル抗体での免疫沈降により目的分子を純化する。最終純化サンプルは、SDS-PAGEでの分離工程を適用せずに、直接に質量分析機にアプライして解析を行うことで目的分子のアミノ酸構造および蛋白修飾を明らかにする。このようにして目的分子の構造が決定された後、当該構造を持つ分子を分子生物学的または化学的に合成し、ヒトBA特異的モノクローナルとの反応性をウェスタンブロット法で確認する。この確認結果の取得をもって本課題の目的である「ヒトBA特異的モノクローナル抗体が認識する抗原分子の同定」は達成されるが、念のため、ヒト胚性幹細胞由来BA溶解液中に検出される抗原分子と合成分子の化学的諸性質の一致性(分子量・等電点・各種蛋白分解酵素による分解サンプルのフィンガープリント解析等)も検証する。そのうえで、当該分子の構造から「抗原性の高い領域」を専用ソフトウェアを用いて予測し、それらを抗原としたポリクローナル抗体を新規に作成し、すでに取得済みであるモノクローナル抗体との両者を用いたサンドイッチELISAを確立し、ヒトBA血清マーカーの高感度検出系の開発につなげる。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究代表者の異動(国立国際医療研究センター研究所→東京医科歯科大学)に伴って研究実施場所が変更となったため、研究環境の整備(ヒト胚性幹細胞の移動、新規所属施設でのヒト胚性幹細胞使用研究申請等)に時間を要した。また、新型コロナ対応のために約半年間にわたり実験を停止せざるを得なかった。これらの理由により研究進捗が当初計画より遅れたため、本研究の第3年度の研究費執行の翌年度に繰り越すこととなった。このように研究進捗に遅れは生じたものの、研究計画は当初の方針に沿って進められており、繰り越した研究費は、ヒト胚性幹細胞からのBA分化誘導に用いる培養液やプラスチック培養製品の購入費、質量分析機を用いた解析費、論文投稿費に充てる計画である。
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