研究課題/領域番号 |
18K08613
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研究機関 | 信州大学 |
研究代表者 |
藤井 千文 信州大学, 学術研究院医学系, 助教 (10361982)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | αGlcNAc / 分化型胃癌 / 浸潤 |
研究実績の概要 |
がんは、本邦で死因の第1位である。胃がんは、早期に発見・切除すれば5年生存率は90%以上であるが、がん死の原因としては第2位であり致死人口が高い。従って胃がんの早期診断法・治療法ならびに予防法の確立は急務である。本研究グループではこれまでに、マウスの個体レベルならびにヒト胃がん患者の病理学的解析の結果から、胃腺粘液特異的糖鎖αGlcNAc産生量の低下が、分化型胃がんの発症および悪性度と密接に相関していることを報告してきた。本年度は、1)病理学的手法で示されたαGlcNAcの消失が胃がんの悪性化に関与している可能性を培養細胞レベルで証明できるか否か、2)できるとすればどのような分子機構で関与しているのか、を調べるため、中分化型胃がん細胞株AGSを用いて解析を行った。本研究課題では、最終的に、培養細胞を用いた研究から得られた結果を基に、早期胃がん診断法、新規治療法の開発へと繋げる基礎的知見を得ることを目標としている。 胃がん細胞株でのαGlcNAc産生量と、がん細胞の悪性形質の関係について解析するため、αGlcNAcの産生が認められない中分化型胃がん細胞株AGSでTet-Onシステムを用いてαGlcNAcの産生量を調節し、その形質について解析を行った。その結果、αGlcNAcの産生によりin vitro細胞増殖能のわずかな低下、マトリゲル浸潤能の低下、細胞外基質への接着能のわずかな上昇を認めた。さらに、この分子メカニズムを解析するため、AGS細胞内でαGlcNAcが結合しているタンパク質の同定を試みたところ、膜結合型ムチンであるMUC-1にαGlcNAcが結合していることを見出した。以上の結果は、αGlcNAc産生量の変化が胃がんの悪性度を制御している可能性を示唆している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、胃がん細胞株でのαGlcNAc産生量と、がん細胞の悪性形質との関係について解析するため、αGlcNAcの産生が認められない中分化型胃がん細胞株AGSにαGlcNAc生合成に必須な酵素α4GnTをTet-Onシステムを用いて発現させることによりαGlcNAcの産生を調節し、その形質について解析を行った。Tet-Onシステムによるα4GnT発現AGS細胞の構築はレトロウイルスベクターを用いて行い、ドキシサイクリン(Dox)添加後の細胞表層でのαGlcNAcの産生を指標として、磁気ビーズを用いて細胞を選択した。 初めに、得られた細胞へのDox添加の有無による、がん細胞の形質への影響について解析した。その結果、αGlcNAcの産生によりin vitro細胞増殖能はわずかに低下した。次に、トランスウェルを用いて細胞の運動能とマトリゲル浸潤能について解析を行ったところ、αGlcNAcの産生により運動能には差を認めなかったが、αGlcNAc陽性細胞は陰性細胞と比べてマトリゲル浸潤能が有意に低下した。さらに、種々の細胞外基質への接着能について解析したところ、αGlcNAcの産生により、細胞外基質への接着能のわずかな上昇を認めた。以上の結果は、αGlcNAc産生量の変化が胃がんの悪性度を制御している可能性を示唆している。 次に、この分子メカニズムを解析するため、AGS細胞内でαGlcNAcが結合しているタンパク質の同定を試みた。その結果、Doxの添加により、膜結合型ムチンであるMUC-1にαGlcNAcが結合していることを見出した。MUC-1は、がん細胞の悪性形質を制御する分子として知られており、MUC-1へのαGlcNAcの結合が、AGS細胞での形質変化に関与している可能性が示唆された。 以上より、本研究はおおむね順調に進展していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
本年度は、当初予定に比べ、in vitroでの細胞レベルの解析が中心となった。これまでの解析から、AGS細胞内でαGlcNAcが結合しているタンパク質はMUC-1のみではなく、未知のタンパク質も存在することが明らかになっているため、次年度は、これらのαGlcNAc結合タンパク質の同定も試みる。また、細胞内シグナル伝達変化や遺伝子発現量変化について解析を行い、本年度に得られた形質変化の分子メカニズムを明らかにする。さらに、AGS細胞のみならず、他の細胞株でも同様の実験を行い、がん細胞の分化度の違いとαGlcNAc産生量の違いによる形質変化の関係について考察する。 in vivoでの造腫瘍能については現在条件検討中であり、次年度はこの解析を進める予定である。このことにより、αGlcNAcのがん細胞での産生量とin vivoでの造腫瘍能との関係について考察する。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度は、当初計画で見込んだよりも安価に研究が進んだため、次年度使用額が生じた。また、上述の様に、当初の予定よりもin vitroでの細胞レベルの解析が多くなり、in vivoでの造腫瘍能の解析については、条件検討にとどまった。このため、免疫不全マウスの購入費用・飼育費用が当初予定より少なくなったことが次年度使用額が生じた理由として挙げられる。次年度は、細胞レベルでの解析、生化学的実験による分子メカニズムの解析、動物実験を行う。また、本年度得られた成果の学会発表、論文発表を行う予定である。使用予定額は以下のとおりである(直接経費概算値)。試薬・キット・プラスチック器具等の消耗品700千円、動物購入・飼育費用500千円、成果発表のための国内旅費50千円、論文投稿・掲載費用200千円、共通機器使用料50千円。
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