ケタミンは運動誘発電位(MEP)の振幅に影響を与えない薬剤とされている。しかし、ケタミン(1 mg/kg)のボーラス投与によって、MEPの振幅が著明に減少した症例を経験した。このことから、従来の定説に反し、ケタミンはMEPの振幅を減少させるのではないかと考え、二重盲検無作為化比較試験を行った。この研究によって、ケタミン(1 mg/kg)のボーラス投与はMEPの振幅を減少させることを示した。本研究の成果により、ケタミンとMEPに関する従来の定説は覆され、術中神経モニタリングの正確性の向上や脊椎外科手術の術後痛改善に寄与するものと考えられる。この成果は国内外の学会(日本麻酔科学会学術集会、アメリカ麻酔科学会)において発表した。また論文を執筆し、学術誌に受理された。これらのことから、ケタミンは皮質脊髄路に対し、抑制性の作用があることが分かった。一方で、体性感覚誘発電位に対しては、有意な変化が見られなかった。ケタミンは鎮痛作用を有するため何らかの変化があってもよいと考えたが、臨床使用濃度では脊髄視床路への作用は明らかではなかった。 次に、ケタミンがMEPを減少させる機序およびケタミンの有する鎮痛機序について掘り下げるために、基礎研究を行った。ケタミンはグルタミン酸受容体の一つであるNMDA受容体を抑制する作用があることが知られているが、脊髄においては十分に調べられてはいない。そこで、ラット脊髄横断スライスを用いて、ホールセルパッチクランプ記録を行い、ケタミンの作用を調べた。ケタミンの灌流投与によって、NMDA起因性電流の振幅は減少した。自発性興奮性および抑制性シナプス後電流に対しては、変化がなかった。神経根付き脊髄スライスを用いた電気生理実験を行ったがケタミンの作用は明らかではなかった。臨床使用濃度では、脊髄後角のシナプス伝達へは影響が小さい可能性が示唆された。
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