研究実績の概要 |
若年2-4ヵ月齢および高齢24-25ヵ月齢SD系雄性ラットを用いて神経障害性痛の加齢に伴う病態変化における脳由来神経栄養因子 (BDNF) の役割について検討した。 これまでの成果: 1). 高齢ラット坐骨神経結紮(SNL)モデルでは, 若年ラットモデルと比較して, 痛覚過敏様行動 (針刺激試験) が増悪した。一方, アロディニア様行動 (von Frey試験) では有意な差は生じなかった。2). SNL手術後, 脳の各部位(前頭前野, 島, 帯状回, 海馬, 偏桃体, 脳幹)におけるBDNF濃度をELISA法を用いて測定し, 海馬のBDNF濃度が有意に低下 (sham手術動物と比較) していることが明らかとなった。この反応は若年ラットと比較して高齢ラットで顕著であり, BDNF発現量と痛覚過敏様行動の頻度の間に負の相関関係が認められた。一方、血漿中BDNF濃度には有意な差はなかった。3). 海馬BDNFの継時的変化を調べたところ, 若年ラットと高齢ラットともに術後7日目頃よりBDNFの低下を認め, また高齢ラットで著明な低下を認めた。4). SNL術後7日目より7日間, BDNFを経鼻投与し, 痛覚過敏様行動との関係を調べたところ, 若年ラットでは効果を認めなかったが, 高齢ラットで術後14日目より痛覚過敏様行動の頻度の優位な低下を認めた。 BDNFを選択的に大脳に伝達する方法として, 外因性BDNFの経鼻腔投与は有用である可能性がある。 これらの結果から, 高齢者の神経障害性痛の慢性化に海馬BDNFの減少が大きな要因となっており, また外因性BDNFのよる治療の可能性が示唆された。
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今後の研究の推進方策 |
(1)末梢感作は加齢性の痛み行動変化に関与するか?について in vivo single fiber recordingを用いて解析する。 目的: 1. 一次知覚神経の伝導速度を若年および高齢対照ラットで比較検討する。2. 高齢ラット坐骨神経結紮(SNL)手術後の一次知覚神経の末梢性感作に及ぼす加齢性変化を解析する。方法: 過去の我々の報告に従い単一神経活動を記録する (Eur J Pain. 2015; 19:629-38)。ペントバルビタール麻酔下に脊髄神経を剥離し, 中枢側を切断後, 単一神経線維を分離する。記録する神経線維に2本の白金電極を接触させ, 一方から神経刺激装置を用いてパルス刺激を与えることにより, 単一神経線維 の種類 (Aδ, Aβ, C繊維) を同定する。各神経線維の伝導速度の加齢変化を測定する。次いで, SNL手術後の末梢性感作変化 (自発活動線維の増加, 侵害刺激応答の亢進) を記録する。各項目の加齢変化と行動実験の結果を照合し, 加齢に関連する痛み行動変化に末梢性感作が関与するかどうか検討する。 (2)高齢ラットに対する外因性BDNF経鼻腔内投与による慢性痛治療効果を検討する。 目的: 1. 高齢ラットの外因性BDNF経鼻腔内投与モデルを確立する。2. 若年および高齢SNLラットの痛み行動に及ぼすBDNFの鎮痛効果を検討する。方法: マイクロピペットを用いてラットの鼻孔からBDNF を投与し, 一定時間後に回収した血漿,脳脊髄液, 各種脳部位中の薬物濃度を測定する。至適投与量を確認後, 高齢および若年神経障害性痛モデルラットでBDNF経鼻投与の鎮痛, 抗うつ, 認知機能改善効果を評価する。これらの反応は, 全身投与あるいは脊髄内投与した場合との比較検討も行う。さらに, 運動障害, 傾眠, 痙攣・痙縮等の副作用の有無についても検討する。
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