研究実績の概要 |
本研究課題では、加齢に関連する痛みの慢性化機序における脳由来神経栄養因子 (BDNF) の役割を明らかにすることで高齢者の病態に基づく安全で有効な新規治療法の開発を目指すことを目的とした。疼痛モデルとして、右側L5-6脊髄神経を6-0絹糸で結紮・切断することにより作製する脊髄神経切断 (SNL) モデルを用いた。神経障害性痛の病態機序における海馬BDNFの関与を明らかとするために、SNL手術2、5、7、14日後に海馬を摘出し、BDNF の発現変化をmRNA レベル (RT-PCR法), 蛋白レベル (ELISA法)で測定した。その結果、 正常群と比較して、SNLラットの海馬BDNFは手術7日目より有意に低下した。海馬BDNFの低下は、SNL手術後の痛覚過敏様行動の発生頻度と有意な相関関係が認められた。これらの変化は若年ラットと比較して高齢ラットで有意に大きかった。また、BDNFの生合成過程の影響を検討するため、成熟型BDNFに加え、うつ病患者で増加することが知られている前駆体型のpro-BDNFの測定も行い、成熟型BDNFと同様の結果が得られた。 さらに、神経障害性痛における海馬BDNFの特異性を検討するために、他の疼痛関連部位 (前頭前野、脳幹、扁桃体) での変化を検討した。しかし、前頭前野、脳幹、扁桃体では海馬で生じたSNL手術後のBDNF低下は生じなかった。さらに、高齢ラットにおいては海馬BDNFの低下は, うつ様行動 (ショ糖嗜好試験のショ糖嗜好性)と有意に相関していた 。これらの結果から, 海馬BDNFのダウンレギュレーション (脊髄とは逆) が高齢者の痛みが慢性化する機序に関連すると同時に, 併発する抑うつ, 認知機能障害に関与すると考えられた。
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