我々は、麻酔薬に対する感受性の違いを明らかにするために、様々な患者背景との関連を研究する中で、脳内の神経伝達物質であるGABAの濃度に影響を与える因子が重要である事を動物実験において明らかにしてきた。麻酔薬はGABA受容体のアロステリック修飾薬であるため、それ自体ではGABA受容体を活性化する作用は極めて弱いが、GABAの存在下では強い増強作用を有する。すなわち、脳内のGABA濃度の変化によって、麻酔感受性が大きく異なることになる。女性では一般に性周期によって麻酔感受性が変動するが、この原因として女性ホルモンの濃度変化が、細胞外GABA濃度に変化を及ぼすことを明らかにした。さらに今年度の研究から、閉所恐怖症などの精神的疾患を合併した患者群において、麻酔導入に正常の3倍近くのプロポフォール量を必要とする患者がいることも判明した。 脳内では、グルタミン酸とGABAのバランスが重要であるが、痛み、恐怖、ストレス、性周期によるホルモンへの影響など、脳内の興奮と抑制バランスが崩れる時に麻酔感受性が大きく異なることが判明した。一方麻酔感受性が変化する上記のような症例でも、正常の2-3倍量のプロポフォールが必要になる範囲であり、麻酔に完全抵抗性の患者は過去に報告がない。すなわち極端にこのバンスが崩れる場合はもはや生存できないのかもしれない。さらに、麻酔薬に対して極端に感受性の高い患者は少ないことも明らかになった。 結論として、脳内の興奮と抑制バランスの変化は、麻酔感受性への影響だけでなく神経毒性のへの作用なども含めて多大な影響があると考えられる。
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