本研究は、妊婦の抗うつ薬服用による胎児の脳発生への影響を明らかにすることを目的とし、ゼブラフィッシュ胚を胎児モデルとして、代表的な抗うつ薬である選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)の作用解析を行なった。 本年度も、SSRIによる脳の発生過程における神経産生への作用を調べたところ、SSRI処理により発育不全を示す胚では、頭部も縮小し、中脳視蓋で分化した神経細胞の分布領域が減少する一方で、M期特異的なリン酸化ヒストン陽性の分裂細胞が有意に増加していた。この結果は、以前報告したFluoxetineの処理や、SSRIの標的タンパク質であるセロトニントランスポーター(SERT)の発現阻害と一致した。今回は、基底前駆細胞が自己増殖と神経細胞の産生を行う脳室下帯で分裂細胞が選択的に増加していることを明らかにした。これらの結果から、SSRIによりSERTが阻害され、神経細胞の産生が抑制され、神経前駆細胞の増殖が優先的に行われることが示唆された。実際に、SSRI処理胚の脳では、神経前駆細胞マーカーであるSox2の発現が有意に増加することを明らかにした。さらに、シナプス形成と機能で重要な役割を果たし、ヒトとマウスの自閉症モデルで発現上昇が報告される低分子量Gタンパク質RhoAが、SSRI処理されたゼブラフィッシュ胚の脳でも有意に増加することを見出した。 以上の結果から、SSRIによる胚の発育不全は、神経前駆細胞の増殖を優先することで神経細胞の産生が抑制された結果、RhoAの発現上昇により正常な神経回路網の形成と機能が障害される可能性が示唆された。この過程は他の自閉症モデルでも報告されており、自閉症発症に至る分子機構は種を超えて保存されていると考えられる。本研究で確立されたゼブラフィッシュモデル系が、抗うつ薬などの薬剤による胎児脳発生におけるリスク評価の研究基盤となり得ることが示された。
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