研究課題
本邦における子宮頸がんは、近年相対的に予後不良の腺がんが増加し約25%に達している。しかし、子宮頸部腺がんの発がん機構は未解明である。本研究は、正常ヒト子宮頸部上皮細胞に、ヒトパピローマウイルス(HPV)がん遺伝子E6/E7発現と、子宮頸部腺がんで頻度の高い宿主遺伝子変化を導入することにより、HPV腺がん発がんモデルの作製を目的とする。代表者らの樹立した正常子宮頸部由来上皮細胞株HCK1Tは、子宮頸がんの起源細胞であると近年報告されたSCJ細胞の形質を有する、世界的に珍しい細胞株である。HCK1T細胞を用い、同一起源細胞から扁平上皮および腺がんの発がんを誘導することにより、組織型決定に関与する(1)HPV側要因および(2)宿主側要因の特定を目指す。HPV腺がんの本態を解明することにより、早期診断法や治療法開発への発展が期待できる。子宮頸がんの大規模ゲノム解析研究から、腺がんではKRASの活性化型変異やSMAD4の欠損あるいは不活性化型変異の頻度が高いことが報告されている。研究代表者らは、HCK1T細胞に、扁平上皮がん腺がんの両者で高頻度に検出されるHPV16のE6/E7と、活性化型HRAS変異体HRAS(G12V)よびc-MYCの高発現を導入すると扁平上皮がんが誘導されることを以前報告した。そこで、ドキシサイクリン(DOX)依存的に、HPV16E6/E7および活性化型KRAS変異体KRAS(G12V)とc-MYC、または腺がんでより高頻度に検出されるHPV18のE6/E7およびKRAS(G12V)とc-MYCを発現するHCK1T細胞を作製した。さらに、これらの細胞のSMAD4のノックダウン細胞を作製し、単層培養における性質を比較検討した。結果、DOX依存的な細胞増殖やコロニー形成能の亢進が観察されたが、細胞特性の転換を示唆するマーカー発現等に目立った変化はみられなかった。
2: おおむね順調に進展している
SCJ細胞は、リザーブ細胞と呼ばれる細胞への分化を経て、扁平上皮細胞に分化することが報告されている。研究代表者らのこれまでの解析から、HCK1T細胞は、SCJ細胞のマーカーであるK17が発現しているものの、扁平上皮細胞のマーカーであるp63やK14も共発現しており、リザーブ細胞とSCJ細胞両者の特徴を有することが示唆された。p63は扁平上皮細胞の特性や幹細胞性を決定する重要な転写因子である。女性生殖器発生の過程においては、SMAD4はp63発現を誘導することにより、p63陰性のミューラー管から子宮頸部および膣の扁平上皮への分化を促進することが報告されている。研究代表者らのグループでは以前に、HCK1T細胞の増殖はp63発現に依存すること、しかしc-MYCを高発現させるとp63をノックダウンしてもHCK1T細胞は増殖できることを報告した。そこで、KRAS変異体およびc-MYCに発現に加え、SMAD4欠損がp63発現を低下させるかどうか検討したが、あまり変化はなかった。すなわち、腺がんの発生には、これら因子の発現や不活性化だけでなく他の因子が関与することが示唆された。一方で、SMAD4欠損によりp63発現が低下した細胞が出現しても、主に扁平上皮細胞の増殖を促進するために開発された現在の培養条件下では、それらp63発現の低下した細胞は増殖できず、結果としてp63発現が維持された細胞だけが増殖した可能性が考えられた。そこで、p63発現が低下した細胞の増殖をサポートする培養条件の検討を開始した。適切な培養条件の特定は、今後の研究計画に必須である。
器官の発生・分化だけでなくがんの進行・維持には、上皮細胞に加え、線維芽細胞や免疫細胞などによってつくられる微小環境が大きく関与することが近年明らかになった。そこで、一年目に作製した、HPV16あるいはHPV18 E6/E7およびKRAS(G12V)およびc-MYC発現およびSMAD4ノックダウンの挿入有・なしHCK1T細胞の3D培養およびXenograftモデルを作製し、微小環境を少なくとも部分的に再現すれば、単層培養ではみられなかった組織型の転換が起こるかどうかを検討する。子宮頸部扁平上皮がんのマウスモデルでは、HPV16 E6/E7の発現に加え、エストロゲンが発がんに大きく関与することが報告されている。また乳がんなど女性特有の臓器由来のがんの発症には、エストロゲンが関与することがよく知られている。そこで、xenograft作成時に、マウスに徐放性エストロゲン剤を投与し、エストロゲンあるいはエストロゲンによる微小環境の変化等が、子宮頸がんの進行や組織型決定に関与するかどうかを検討する。SCJ細胞あるはリザーブ細胞から腺上皮細胞へ分化する機構は、全くの不明となっている。そこで、子宮頸部腺がんで際立って発現が高く、細胞特性の発現や維持に関与する可能性が高い転写因子の候補を抽出する。HPVE6/E7およびKRAS(G12V)等のがん遺伝子発現を導入したHCK1T細胞に、前述の転写因子を単独あるいは複数組み合わせて発現させ、細胞の形態や特性におよぼす影響を検討する。単層培養時、3D培養やxenograftを作製時における細胞形態・マーカー発現を検討し、腺がん発生に関与する転写因子や微小環境を解析する。
消耗品の購入が当初予想より少なく、購入価格も予想より低額であったため、次年度使用額が生じた。来年度はマウスのxenograftを行う予定であり、本使用額はマウスの購入費用に用いる予定である。予定よりより多くのマウスを実験に用いることが可能になり、より解析の幅が広がる。また、一年目の結果に基づき、培養条件の検討範囲を広げる予定であり、培養関連消耗品の購入が当初の予定より増加するため、次年度使用額を利用する。
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Scientific reports
巻: 8 ページ: 9745
10.1038/s41598-018-27930-z
https://www.ncc.go.jp/jp/ri/division/carcinogenesis_and_prevention/viral_carcinogenesis/project/010/index.html