糖尿病網膜症は重篤な視機能障害をきたす疾患であり、その病態理解は眼科学における重要課題である。不飽和アルデヒドの一種アクロレインは反応性が高く、さまざまな蛋白と結合することでその機能異常を惹起するため、神経変性疾患や悪性腫瘍など様々な疾患病態で注目されている分子である。これまでの検討では、培養ラット網膜グリア細胞TR-MUL5にアクロレインを負荷したところ、発現が亢進する遺伝子として創傷治癒や細胞遊走に関与するケモカインCXCL1および抗酸化ストレスに関与する酵素heme oxygenase-1 (HO-1)が検出され、昨年度はCXCL1に関する検討を行ってその内容を論文化した。 今年度は後者のHO-1に関する検討を行った。その結果、1)アクロレインは網膜グリア細胞におけるHO-1 mRNA発現を誘導すること、2)アクロレインは網膜グリア細胞におけるHO-1蛋白合成を濃度依存的に増加させること、3)網膜グリア細胞においてHO-1は細胞質内に局在するが、アクロレイン刺激はそれを増加させること、などが明らかとなった。 HO-1 はヘムをビリルビンに変換することで酸化ストレスを軽減する抗酸化酵素として同定された分子だが、悪性腫瘍の遊走と浸潤にも関与することが報告され、その分子標的の一つとしても近年注目を集めている。今回の検討結果は、アクロレインによって生じる酸化ストレスに対して網膜グリア細胞はHO-1の発現を亢進させて対応していることを示唆するとともに、その遊走を惹起している可能性を示した。
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