ラマン顕微鏡は,組織に対して光を照射し,その散乱光を分析することにより組織の組成を明らかにする顕微鏡である.医学診療においては,組織の構築だけではなく,タンパク質・脂質・核酸を含めた生体の化合物の種類と局在が重要である.しかしながら最新の医学であるMRI・CT・超音波・光干渉断層装置を用いても組織の物質の濃淡については情報が得られるものの,組織の構成要素の組成については未知のままであった.私たちは体表面で唯一透明性の高い眼球組織において,ラマン顕微鏡を眼科診断機器に応用すべく,基礎実験を行うこととした. まずは摘出した角膜あるいは網膜においてラマン顕微鏡像を解析した.角膜においては上皮・基底膜・実質などの層構造が明瞭に得られただけではなく,角膜上皮の核(DNA)や角膜上皮細胞の細胞膜(脂質)を明瞭に見ることができた.さらに角膜実質のコラーゲンが発する周期的な波長を捉えることにより,実質の層状な構造を見ることができた.このように,従来では角膜を摘出して病理表標本を作成後に特殊染色をしなければ見ることができない様々な生体構成物質の局在についても,ラマン顕微鏡を用いることで非侵襲的に観察することが可能となった.同様に網膜においても組織の構築だけではなく,細胞膜・核・基底膜構造まで明瞭に観察することができるようになった. 次に病的な角膜組織として,老人環の観察を試みた.特に高コレステロール血症のマウスにおいて角膜周辺部の混濁が生じることを観察し,その混濁の原因について従来言われてきた脂質の沈着だけではなく,タンパク質の構成要素のがあることを特定した. 以上のように,ラマン顕微鏡を眼科臨床に応用する前段階を確立することができた.今後はラマン顕微鏡の性能強化を行い,反射光を用いての解析を行うことで,より臨床現場に近い装置の確立が重要となる.
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