研究実績の概要 |
抗腫瘍治療における血管新生に対するアプローチには、一見相反する二つの戦略が存在する。一つは血管新生を抑制することで腫瘍への栄養供給を停止し癌を消耗させるという戦略であり、VEGF阻害薬等が開発されている。もう一つは、未成熟な腫瘍血管を正常化することで抗癌剤の腫瘍への輸送を改善し、癌を抑制するというものである。
転写因子Foxo1を欠損したES細胞由来の血管内皮細胞は、正常な血管形態を構築できない。哺乳類ラパマイシン標的蛋白質(mTOR)は、他の構成成分と結合しmTORC1とmTORC2の2種の複合体を形成するセリン・スレオニンキナーゼである。mTORC1阻害剤であるRapamycin, Everolimusの投与により、Foxo1欠損による血管形態の異常は改善される (Tsuji-Tamura K et al. J Cell Sci.vol 129, p1165-1178, 2016)。この効果は、mTORC1-mTORC2阻害剤(KU0063794)では見られないことから、血管伸張はmTORC2によって誘導される一方、mTORC1によるmTORC2の阻害によって抑制されると考えられる。血管内皮細胞を用いた解析によって、EverolimusとKU0063794が同程度に細胞増殖を抑制することを示した。Everolimusの投与は血管形成には影響せず、血管構造は維持される。しかしKU0063794は微小管分布の破綻を誘導し、血管形態の異常を引き起こした(Tsuji-Tamura K et al. BBRC. vol 497, p326-331, 2018)。これらin vitroの結果から、EverolimusとKU0063794は細胞増殖については共に増殖抑制に働くが、血管構造の形成については異なる作用を示すことが示された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ゼブラフィッシュ胚を阻害剤を添加した飼育水に暴露し、体節間血管の発達を解析した。Rapamycin, Everolimus、KU0063794のいずれにおいても血管数・血管長の減少が見られた。また、mTORC1を活性化させるPI3K-Aktシグナルの阻害剤であるPI3K阻害剤(LY294002)、Akt阻害剤(Akt inhibitor VIII)への暴露も、血管数・血管長の減少を引き起こした(Tsuji-Tamura K et al. BBRC. vol 529, p596-602, 2020)。これらの結果は、PI3K-Akt-mTORシグナルが胎生期の血管発達に必要であることを示唆している。
非必須アミノ酸であるグリシンは、癌血管新生を抑制する分子として報告されている。しかし、グリシンが血管形成を促進し、また血管保護に働くという報告も存在する。そこで、ゼブラフィッシュ胚を、低濃度から高濃度までの広い範囲でグリシンに暴露し、血管発達への効果を解析した。500 mM以上では細胞分裂異常が起こり、600 mMでは全ての胚が死滅した。400 mM以下では発育異常は見られず生存可能であった。1, 10, 100, 200, 400 mMのグリシンへの暴露群を比較した結果、低濃度(10, 100 mM)では血管長が増加する一方、高濃度(400 mM)では血管長の減少が見られた(Tsuji-Tamura K et al. BBRC. vol 527, p539-544, 2020)。また、これらの効果はグリシントランスポーターとグリシン受容体阻害剤によって抑制された。これらの結果から、グリシンは、血管発達において用量依存的な二相性効果を持つことが明らかになった。
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