研究実績の概要 |
転写因子FOXO1欠損マウスは血管形成の異常により胎生致死となることから、血管形態に必須の転写因子であることが示唆されている。しかし、血管形成におけるFoxo1の生理的メカニズムは明らかではない。マウスES細胞由来の血管内皮細胞の血管新生モデルにおいて、Foxo1の欠損は血管伸長機能の消失を引き起こす。しかし私は、この血管形態異常は、PI3K-Akt、哺乳類ラパマイシン標的蛋白質(mTOR)シグナルの阻害により、改善できることを示した (J Cell Sci.vol 129, p1165-1178, 2016)。 mTORにはmTORC1, 2の2つの複合体が存在し、mTORC1単独阻害ではなくmTORC1/2の二重阻害が微小管分布の破綻を誘導し血管形態の異常を引き起こすことから、血管形成における細胞骨格の制御には主にmTORC2が関与することが示唆された(BBRC. vol 497, p326-331, 2018)。 非必須アミノ酸であるグリシンは、これまで血管新生を抑制又は促進するという矛盾する結果が報告されていた。そこで、グリシン濃度の違いが矛盾した作用に影響しているという仮説を立て、ゼブラフィッシュの血管形成へのグリシンの作用を解析した。その結果、低濃度では血管長が増加する一方、高濃度では血管長の減少が見られた(BBRC. vol 527, p539-544, 2020)。PI3K-Akt、mTORシグナルの阻害はいずれもゼブラフィッシュの血管新生を抑制し、さらに低濃度又は高濃度グリシンと相互作用することが示された(BBRC. vol 529, p596-602, 2020)。これらの結果は、グリシンが血管発達において用量依存的な二相性効果を持つこと、またPI3K-Akt-mTORシグナルが胎生期の血管発達に重要であることを示唆している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、血管新生を抑制する新たな分子として、SM22(SM22-alpha,Transgelin,TAGLN)を同定した(J Cell Sci. vol. 134, jcs254920, 2021)。 SM22は平滑筋細胞に高発現するアクチン関連タンパク質であり、これまで平滑筋の分化マーカーであると広く認識されていた。 通常培養におけるマウスES細胞由来の血管内皮細胞、またヒト臍帯静脈内皮細胞(HUEVC)のSM22発現は非常に低い。しかし血管伸長を誘導することでSM22のプロモーター活性、mRNA発現が増加する。またホールマウント免疫染色とシングルセルRNA-seq解析により胎生期マウスの血管内皮細胞おけるSM22の発現が検出された。これらin vivo・vitroの解析によって、正常な血管内皮細胞におけるSM22の存在が同定された。さらにHUVECを用いて、ゲノム編集とsiRNAによってSM22を遺伝子破壊した結果、血管伸長が促進されたことから、SM22は血管内皮細胞の伸長変化に伴い発現が増加し、血管新生を負に制御する因子であることが明らかになった。 SM22には、他のアイソフォーム: TAGLN2,TAGLN3があり、血管内皮細胞はこれら3つのアイソフォームを発現している。そこで、これらの三重遺伝子破壊を行なったところ、血管新生の促進がより増強された。よって、SM22の3つのアイソフォームは血管内皮細胞において重複した機能を持ち、いづれも血管新生の抑制に働くと示唆された。 SM22は腫瘍や糖尿病などの病的血管新生において発現が増加することが報告されており、これらの病態に関与していると考えられている。本研究での新たなTAGLNの役割は、生理的だけではなく病的な血管新生を制御する分子メカニズムの解明に貢献すると考えられる。
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