本年度は最終年度であることから、ヤスパースの精神療法論と近い実存的な立場をとるメダルト・ボスの著作にあたり、ヤスパースの精神療法論とボスの実存的精神療法の違いについて検討した。この検討も管見の限りで行われていない。そもそもボスの精神療法論自体が精神医学領域で触れられることが少なく、哲学思想分野でハイデガーの思想との関連から論じられているにとどまっている。もともとボスは医師らしく中枢神経系の機能と精神療法の関係を検討していたこと、さらに精神分析を学んでおり、一方で精神分析には理論的基盤がないと考えており、それをハイデガー哲学に求めていたことなどが再度明確になった。 ヤスパースが精神療法の技術的側面の議論を退け、医師患者関係と出会いの質を重視し、最終的には精神療法という言葉にさえ否定的だった一方、ボスも技法を論文化しつつも、根本的には技法ではなく、治療者の構えであると考えていた形跡があること、しかし、彼のハイデガーへの近すぎる接近でその点が覆い隠されている点が明らかになった。今後、この点についても論文化していく予定である。 また年度後半はこれまでの結果をまとめ、研究目的にあったヤスパース的精神療法について、まずはその変遷と彼の実存哲学・思想との関係から、以下のようにまとめられた。すなわち、患者との誠実な関係性の構築の後、対話が繰り返し行われ、その中で何らかの洞察などを求めることなく、患者、医師ともに自己の在り方を振り返ることで変化が生じえることである。しかし、この変化は「新しい自己」になることでなく、むしろ「見失っていた自己本来のありかたへの回帰」である。この方向性は、特定の精神疾患を想定していない。精神療法の適応となる神経症のみならず、認知症など生き方に混乱が生じている患者すべてに適応可能である。 また、結果をまとめていく過程で、更なる研究シーズを見出すことができた。
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