研究課題
砒素と人類との関係は紀元前から始まる長い付き合いであるが、砒素中毒症状とその経過の検討は始まったばかりである。宮崎県高千穂町土呂久地区住民は1962年まで数十年にわたり鉱山からの高濃度砒素曝露を受けた。宮崎大学は、この地区の住民検診にて神経学的診察および神経生理検査を約50年実施している。これらのデータを分析し、長期経過後の後遺症を分析した。一方で、当申請者らは中・低濃度砒素汚染地域の一つであるミャンマー国タバン地区7村において住民の診察を3年間実施した。その中で、なんらかの中毒症状が出現していても、気づかれずに潜在している住民が多数存在した。宮崎における高濃度曝露の長期経過とミャンマー国の中・低濃度慢性砒素曝露の症状を比較検討した。ミャンマーにおける検討では、ヒ素による感覚障害と皮膚症状が一定数の住民に出現していてたが、住民はそれがヒ素による症状という認識はなかった。末梢神経障害に関しては10ppb以上のヒ素汚染飲料水地域においては、有意な障害を来した。飲料水ヒ素濃度の安全閾値は10ppb以下が適切と思われた。聴覚障害に関して、宮崎県では、高齢者、高濃度ヒ素曝露の長期経過後においては、聴性脳幹誘発電位は正常コントロール群と有意な差は認めなかった。ミャンマーでの、小児から大人、現在進行形の低濃度ヒ素曝露においては、小児においてのみ聴覚障害有の群が、無の群よりも、算出された飲料水ヒ素濃度が有意に高値であった。即ち、高濃度曝露であっても、大人においては長期的には後遺症を残さないと推測された一方で、低濃度であっても小児に対しては聴覚障害を来す可能性が示唆された。ヒ素濃度の安全な閾値は年齢によって異なる可能性を示した。ヒ素による神経障害を検討する際には、曝露されるヒ素の濃度、期間以外に、年齢を含めた曝露される側の要素を十分に考慮する必要がある。
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