浴室内突然死(入浴死)はわが国において深刻な社会的問題となっているが,法医解剖が実施される例が少なく,死亡に至る正確な病態生理学的機序は充分に解明されているとはいえない。そこでわれわれは,入浴死の病態を解明する目的で,まずマウス温水溺死モデルを用いた動物実験において,温水を吸引して溺死する過程で肺において変動する遺伝子をDNAマイクロアレイ及びqRT-PCR法を用いて解析したところ,aqp5,hsp90ab1,hspb1について有意な発現変化がみられた。ただし,それらのうちhspb1については,加温のみの対照群(加温後に頚椎脱臼にて安楽死させた群)でも有意な発現増加がみられた。次に,実際の法医解剖例の肺試料を用いて検討したところ,aqp5発現は対照群に比して浴槽内溺死群で有意に低値を示し,動物実験と同様の結果が得られた。一方,hsp90aa/ab発現は浴槽内溺死群で有意に高値を示した。以上の結果から,aqp5発現の低下,hsp90aa/ab発現の上昇は,実際の浴槽内溺死例における法医学的診断マーカーとなる可能性が示唆されたと考える。今年度はさらに,これまで継続していた入浴死検視例の疫学的解析から,入浴死の発生は各環境気温(最高気温・最低気温・平均気温・日内気温差)と有意に相関しており,鹿児島県内の地域別に入浴死が発生しやすい各環境気温を算出することに成功した。今後はそれらの気温を元に入浴死アラート(警報)を発報することで入浴死の発生予防につながるかどうかを検討したい。
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