研究課題/領域番号 |
18K10692
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研究機関 | 関東学院大学 |
研究代表者 |
簔 弘幸 関東学院大学, 理工学部, 教授 (50190715)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 聴覚系電気刺激 / パルスレート・振幅同時変調 / 情報理論的尺度 |
研究実績の概要 |
本課題の目的は、人工内耳装着者に音響情報を最も伝えやすくする電気刺激波形を見出すことである。これまで、聴神経を適切に制御する電気刺激の候補として、パルスレートと振幅が同時に変調された双極二相性パルス状波形を提案している。しかしながら、それらのパラメータの組み合わせは複雑であるがゆえ、現段階では最適な条件を見出せるまでに至っていない。令和元年度は、von Mises型自己励起不規則点過程によるモデリングに基づく電気刺激波形の評価法に加え、これまで検討を重ねてきた情報理論的尺度に基づくパフォーマンスの評価法も活用して、パルスレート・振幅同時変調のパルス状電気刺激のレートの最低値と最高値を広範囲に変化させたときのスパイク列への情報エンコーディングの性質を調査した。とりわけ、正弦波によってパルス状刺激波形のパルスレートと振幅の両者を様々な変調度で変調し、聴神経線維モデルに与えた時のスパイク応答について調査を進めた。その結果、ある特定のパルスレート、振幅値と変調度が情報量を最大化することが見出された。このことは、情報理論的な意味で、パルスレート・振幅同時変調方式が音響情報を人工内耳装着者により良く伝送できるであろうことを示唆する。これらの知見を、ドイツベルリンで開催された41st Annual International Conference of the IEEE Engineering in Medicine and Biology Society(EMBC2019)のポスターセッションで発表した。また、2019年度 統計数理研究所 共同研究集会「生体信号・イメージングデータ解析に基づく医療・健康データ科学の展開2」(立川市)において、「レートと振幅が同時変調されたパルス状電気刺激に対する聴神経モデルの応答特性:Neurogramによる検討」と題して口頭発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
令和元年度では、情報理論的尺度に基づくパフォーマンスの評価法を活用して、パルスレート・振幅同時変調のパルス状電気刺激のレートを広範囲に変化させたときのスパイク列への情報エンコーディングの性質を調査し、スパイク列の観測から推定された情報量とパルスレートの最高値との関係を明らかにした。また、パルスレート・振幅同時変調のパルス状電気刺激の振幅変調度を変化させながら情報量も推定し、電気刺激のパラメータと情報量の間の関係に一定の理解を得た。正弦波の変調周波数を220Hzに設定し、パルスレートの最低値を50Hzとし最高値を1000Hzに設定した時、パルス振幅値を閾値が超えるように適切に設定して、変調度を増加させていくと、変調度が10から20%の間で情報量が最大化される共振現象が観測された。変調度を更に増加させていくと、情報量は減少した。一方、パルス振幅値を上昇させると共振曲線は失われ、情報量は単調減少に転じた。同様の傾向は、パルスレートの最低値を50Hzとし最高値を2000、5000Hzに設定したときも観測されたが、最高値を5000Hzに設定した時には、情報量の絶対値が減少した。これらのことから、パルスレートの最高値を5000Hzに設定することは必ずしも得策ではなく、1000から2000Hz程度に設定することが、情報理論的尺度に照らして適切であることがわかった。なお、このような本年度の知見は、昨年度に実施されたパルスレートの最高値が5000Hzに設定されたときにダイナミックレンジが乏しくなるとの報告と、矛盾しない。それゆえ、令和元年度では、振幅変調度に関する共振現象の存在とそれに伴う振幅変調度の適切な設定値と、パルスレートの上限値が示唆され、情報理論的尺度に基づいて評価されたパルスレート・振幅同時変調方式の成績については、一定の理解に達したと考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
令和2年度は、令和元年度で得られた情報理論的尺度に基づく成果を踏まえて、von Mises型自己励起不規則点過程によるスパイク列モデリングに基づく電気刺激波形の評価法を用いて、パルスレート・振幅同時変調のパルス状電気刺激のレートの上限値とスパイク列への情報エンコーディングの性質を表す統計量(発火レート、ベクトル強度)との関係を再度調査していきたい。なぜなら、過去の知見でみられるように、低いレートの場合では適切な数のスパイクを発火させることができずにダイナミックレンジに乏しいことが知られており、パルスレート・振幅同時変調型パルス状刺激波形のレートの最低限必要とされる上限値について必ずしも明らかになっていなかったからである。なお、パルス状刺激波形のパルスレートやパルス振幅を最小値に制限することは、神経線維組織へのダメージを抑えるだけでなく、消費電力、すなわちエネルギーの節約にも繋がることになり、電気刺激波形の設計理念に照らし根本的な課題として位置づけられている。具体的には、正弦波によってパルス状刺激波形のパルスレートと振幅の両者を様々な変調度、様々な周波数の正弦波で変調し、聴神経線維モデルに与えた時のスパイク応答を調査する。なお、パルスレートは正弦波の振幅の大きさに従って50Hzから100、200、500、1000Hzまでの範囲で変動させるが、直感的には、正弦波の振幅が小さい時にはパルス状刺激は疎で、大きい時にはパルス状刺激は密となるようなイメージである。そのようなパルス状刺激波形に対する聴神経線維モデルのスパイク列応答の観測から、von Mises分布のパラメータを最尤推定し、刺激波形パラメータとの関係を明らかにしていきたい。また、それらの知見に基づき、スパイク列応答が健常者のそれに近づけられるようなパルス状電気刺激波形の特徴を調査していきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
令和元年に出席した国際会議、及び海外出張において廉価な航空券を調達したことにより差額が生じたと考えられる。令和2年度では、この差額を今後の国際会議での発表、及び海外出張での研究成果をより向上させるべく、活用する予定である。
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