研究実績の概要 |
本研究課題の目的は、運動が慢性痛を抑制する(exercise-induced hypoalgesia: EIH)脳メカニズムを明らかにすることである。昨年度(2019年度)の実施状況報告書における「今後の研究の推進方策等」でも述べたように、本年度(2020年度)はまず、EIH効果に及ぼす扁桃体(Amyg)の役割を検討したデータを論文にまとめ、これらを痛みの国際誌に公表することができた(Kami K, Tajima F, Senba E. Mol Pain, 2020)。この論文では自発運動(VE)に伴うAmyg機能の改善を介した恐怖記憶の消去が、EIH効果の発現に重要な役割を担うことが示唆された。そこでこれらの結果を踏まえて次に私達は、EIH効果に及ぼす恐怖記憶の影響について明らかにすることに取り組んだ。恐怖の文脈化、条件付け、消去に影響を及ぼす腹側海馬(vHC)-CA1領域では、神経障害性疼痛(NPP)に伴い高まったグルタメート(Glu)ニューロンの活性化がVEにより抑制され、さらにVEはCA1領域に局在して錐体細胞を抑制するparvalbumin陽性GABA介在ニューロンの活性化を高めることが分かった。PSL-Sedentaryマウスの扁桃体基底外側核(BLA)にRetroBeads Red(RBR)を注入すると、vHC-CA1領域には多くのFosB陽性RBR陽性ニューロンが観察された。NPPモデルマウスの文脈性恐怖記憶の消去がVEにより促進されるかどうかを調べたところ、PSL-RunnerではPSL-Sedentaryと比較してFreezing時間の著しい短縮を認めた。以上本年度は、EIH効果にはVEに伴う文脈性恐怖記憶の消去が重要な役割を担うとともに、これにはvHC-BLA経路の抑制が関与することを示唆する非常に興味深い研究成果を得ることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本年度(2020年度)は私達の最近の研究成果を3つの招待講演(①第13回日本運動器疼痛学会・特別講演、②第126回日本解剖学会総会 全国学術集会/第98回日本生理学会大会 合同大会・公募シンポジウム、③第72回日本自律神経学会総会・教育講演)において発表する機会を得たことに加え、第13回日本運動器疼痛学会では私達が発表した一般演題(自発運動による腹側海馬ニューロンの抑制はexercise-induced hypoalgesiaに関与する)が最優秀ポスター賞を受賞するという幸運にも恵まれた。また2020年度には、痛みの国際学術誌に1編の原著論文(Kami K, Tajima F, Senba E, Mol Pain, 2020)と6編の総説(①上勝也,田島文博,仙波恵美子・Bone Joint Nerve第39巻;②上勝也,田島文博,仙波恵美子・Pain Research第35巻;③上勝也,田島文博,仙波恵美子・ペインクリニック第41巻;④上勝也,田島文博,仙波恵美子・整形・災害外科 第64巻;⑤仙波恵美子,上勝也・自律神経第58巻;⑥Senba E, Kami K・Ann Palliat Med Vol 9)を発表できたことは、私達の研究成果が国内外の多くの痛み研究者に注目されていることを示している。現在はおもに2019年度~2020年度に得られた内側前頭前野と文脈性恐怖条件付けに関する実験データの再現性の確認と追加実験を進めており、これらの結果は2021年度内に論文執筆・投稿が行えるように精力的に取り組んでいる。このように本研究課題は当初の計画以上に進展していると言える。
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